第42章 甘い誘惑
「………あ、あの…貴方は?」
「これは失礼致しました。私は最近堺から来たばかりの商人で、南蛮渡来の品物を扱っている者です。
不躾ながら、先程の菓子屋でのやり取りを聞いてしまいまして…金平糖を御所望ならば私の店にございます。この先で店を開いておりますので、宜しければ、少し見て行かれませんか?」
(最近堺から来た商人?確かに見たことのない人だわ。金平糖…あるのなら買って帰りたいけれど…)
「……姫様、見知らぬ商人ですし…」
千代が警戒するように僅かに私を庇うように前に出たけれど、その商人は気にする素振りを見せることなく、話し続ける。
「この安土は、信長様のおかげで随分と栄えておるようですね。私も信長様のような寛大な御城主様の元で商売がしたいと思いまして、はるばる堺から移ってきたのですよ」
屈託のない笑顔を見せて、信長様を尊敬する素振りを見せる商人に警戒心が緩みだした私は、彼の衣装の懐が不自然に膨らんでいることに気付くことができなかった。
「……では、貴方のお店に案内して頂けますか?あまり長居はできませんが…」
「承知しました…ではこちらへ…」
商人の後に続いて城下の大通りを曲がると、急に人通りの少ない狭い路地に入る。更に進むと、段々と道が狭くなっていき…人の気配も途絶えてしまった。
(っ…おかしい…こんな路地裏にお店なんて…)
「…あの?お店って一体どこに?っ…きゃあっ!」
前を行く商人の背中に問いかけたその時、短い悲鳴とドサッという重たい音がして振り返ると……護衛の家臣が二人とも首から血を流して倒れていた。
「ひっ…あぁ…」
一瞬の出来事に頭がついていかず、小さく息を呑む私のこめかみの横で『カチリ』と冷たい金属音が鳴る。
「…静かにしな、お姫さん。大人しくしてりゃあ、手荒な真似はしねえよ」
(っ…小銃?懐に忍ばせていたの?商人が?)
「ひっ、姫さまぁ…」
「千代っ!やめて、千代に手を出さないでっ!」
いつの間に現れたのか、浅黒い肌を晒した海賊風の男達が千代を羽交い締めにしている。血の付いた刀を持っているところを見ると、家臣たちを斬ったのは彼らだろう。
手練れの家臣たちに構える間も与えずに倒したその腕は、只者とは思えない。
「……貴方…誰なの?」
冷たく凍った紅い瞳がキラリと煌めいて、口元に見下したような嘲笑が浮かぶ。