第42章 甘い誘惑
朝餉を済ませてから、千代と護衛の家臣二人を伴って、城下へと降りる。
いつもは信長様と来ることが多くて、千代と出かけるのはいつ以来だろうか。千代にはいつも良くしてもらっているから、たまには城下で一緒に甘いものなど食べて息抜きさせてやりたいと思っていたのだ。
(まぁ、私と一緒だと心配で気が安まらないかもしれないけど…)
「姫様、足元には気を付けて下さいませ。躓いたりされては大変でございますから…あぁ!そこは段差がございますよ!」
心配性の千代は城を出てから、ずっとこんな調子で私の世話を焼いている。
「千代ったら…子供じゃないんだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ。まだお腹もそれほど大きくないんだから」
今は着物の上から少し膨らみが分かる程度で、まだ子の胎動も感じられない。
(家康が、もう少ししたら子が動くのが分かるって言ってたな…どんな感じなんだろう…)
反物屋で、むつきを縫うための新しい晒しと産着用の真っ白な絹の反物などを買って、甘味処で休憩を済ませた頃には、陽射しが眩しいぐらいになっていた。
「暑くなってきましたね。姫様、お疲れになる前に戻りましょう」
「待って、千代。信長様に金平糖を買って帰りたいの。いつもの菓子屋さんに寄ってから…ね?」
「……仕方ないですね。秀吉様に叱られても知りませんよ」
(枕絵のことで今朝は少し言い過ぎちゃったし…信長様はここ数日政務が忙しくてお疲れみたいだもの…金平糖で癒されてもらおう…)
ところが、いつも行く菓子屋さんに行ってみると、珍しく金平糖が売り切れていた。
「……奥方様、申し訳ございません。昨日全部売り切れてしまいまして…次に京から入るのは一週間後になってしまうのです」
「……そうですか…」
(困ったな…どうしても買って帰りたかったのに…)
店を出て、どうしたものかと思案していたその時……
「……もし、そこのお姫さん、金平糖をお探しですか?」
突然背後から声をかけられて、ドキッとして立ち止まる。恐る恐る振り返ると…見知らぬ男性が微笑みながら立っていた。
異国風の派手な衣装の胸元からは、日に焼けた浅黒い肌が垣間見えている。珍しい銀色の髪と、紅い瞳はギラギラとした鋭い光を放っている。
(信長様と同じ紅い瞳だ…)