第40章 萌芽〜めばえ
「朱里、信長様には知らせていい?」
「あっ…どうしよう…知らせた方がいいのかな…でも、もし懐妊じゃなかったら…ぬか喜びさせるだけだよね。
家臣の方々もきっとお世継ぎを待ってらっしゃるのだろうし…」
「城の者にはもっとはっきり分かってからでいいよ。
でも信長様には……言っといた方がいいんじゃない?もし、懐妊だったら……安定するまでは閨事を控えてもらわないといけないから…ね?」
「っ…あっ…」
家康の意図するところを理解して、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
(今でも我慢してもらってるのに…安定するまで、ってどれぐらいかな?信長様、大丈夫かな??)
色々な心配が頭を駆けめぐり、この先のことをあれこれと想像している内に、いつの間にかさっきまでの吐き気が嘘のように消え失せていたことに私が気づいたのは、家康が御殿へと帰ったあと、随分と経ってからのことだった。
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その夜、私は久しぶりに天主の信長様の部屋を訪れる。
体調を崩し始めてからは、心配する信長様を説得して寝所も別にしてもらっていた。信長様に負担をかけたくなかったから。
「……信長様?」
「っ…朱里っ!どうした?何かあったのか?」
文机の前で書状に目を通しておられた信長様は、私の姿を見るといつになく慌てた様子で立ち上がり、すぐに傍まで来てくれた。
「まだお仕事なさってたんですか?もう遅いのに…」
「っ…いや…特に急ぎのものではないのだが…眠れんのでな。
……そのっ…貴様が横におらんと…」
バツが悪そうに目を背けながら、ボソッと呟かれた最後の一言に胸を鷲掴みにされたような心地になり、思わずぎゅっと抱きついた。
「………朱里?」
「信長様…大好き」
「くっ…煽るでないわ…体調はどうだ?今日は家康が診察に来ていたそうだな」
信長様は両手で私の頬を包み、優しく撫でさすりながら、額にそっと口づけてくれる。
「……はい。今日、私、戻してしまって…家康に診てもらいました」
「っ…なにっ?戻した、だと?大丈夫なのか?……して、家康の見立ては?どうだったのだ?」
余裕なく矢継ぎ早に問いを重ねる信長様は、その深紅の瞳を不安定に揺らがせて私を見つめてくる。