第39章 紫陽花の寺
「きゃあっ…やだぁ…」
(怖い…怖い…どうしよう…)
小さい頃から雷が大の苦手だった私は、雷が鳴り出すといつも母上の傍に行って、雷鳴が遠ざかるまでずっと抱き締めてもらっていた。
大人になった今もそれは変わらず、一人では雷の恐ろしさに耐えられない。いつもは侍女の千代が一緒にいてくれるので何とかなっていたのだが……
広い部屋に一人であることと、間隔を置かずに鳴り響く耳をつん裂くような大きな音とに、半ば恐慌状態に陥った私は、褥の上で小さく身体を丸めて耳を塞いだ。身体が微かに震えている。
耳を塞いでいても、ゴロゴロという腹の底に響くような低音が聞こえてくるし、ピカッと明るい閃光が天からの裁きのように部屋の中を照らし出す。
(いや…怖い…信長様…)
部屋を出て信長様の元へ行こうかとも思うけれど、もはや足が竦んでしまって立ち上がることも出来なかった。
このまま嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかない……それが一体いつになるのか…不安と恐怖で泣きそうな気持ちのまま、褥に顔を埋めた。
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信長は沢彦との久しぶりの対局を楽しんで、満足げな表情で部屋へと戻る廊下を歩んでいた。自分と互角に渡り合える相手との対局は、思いのほか心が躍るもので、一局だけのつもりが続けて二局も打ってしまった。
雨はまだ降り続いており、二局目の途中からは大きな雷鳴も轟き始め、一段と雨足が強くなっていた。今この時も、空には閃光が走り、ゴロゴロと不気味な音が鳴り響いている。
(随分と遅くなってしまったな…朱里はもう寝んでいるだろうか…)
部屋の襖をそっと開けて中を窺うと、遅い時間にも関わらず部屋の中は行燈の灯りが灯されたままで、シンと静まり返っていた。
「……朱里?」
褥の敷いてある隣の部屋へと足を向けると……
「!?朱里?どうした!?」
褥の上で小さい身体を更に小さく丸めて、子供のように震えている朱里の姿を見て、慌てて駆け寄った。
「……ふ…うぅ…信長さまぁ…」
俺の姿を見ると、堪えきれないようにぎゅっと抱きついて、不安定に揺れる瞳からは涙が堰を切ったように溢れ出した。
「……どうした?何があったのだ??」
「……っ…ふっ…か、かみなりが…」
「かみなり?…雷が怖いのか??」
俺の問いかけにも、まともに答えられない怯えた様子でコクリと肯く。