第39章 紫陽花の寺
(よもや雷が怖かったとは……雷鳴は随分前から鳴り始めていたから、長く一人でこのように怯えていたのか……)
泣きじゃくる朱里の身体をきつく抱き締めて、その背をトントンと優しく撫でさすってやる。
知らぬ事とはいえ、随分と心細い思いをさせてしまったようだ。
どれぐらいの時間そうしていたのか………
気がつけば、いつの間にか雷鳴は聞こえなくなっており、雨音も小さなものに変わっていた。
次第に泣く声が小さくなり…落ち着きを取り戻した朱里は、俺の胸から顔を上げて申し訳なさそうな表情を見せる。
「……ごめんなさい、信長様」
「いや…いい。大丈夫か?」
「…はい…」
「…すまん。一人で心細い思いをさせたな…」
「っ…いえ…雷だけは幼い頃から苦手で……子供みたいで恥ずかしいです」
俯いて恥じ入るように唇を噛む仕草が愛らしくて、守ってやりたいという庇護欲に駆られる。
俯く朱里の顎を捉え、まだ少し震えている唇にチュッと口づける。
涙に濡れた目元、赤みが差しだした頬、と順に口づけを落としていく。そっと触れるだけの優しい口づけ。
やがて、朱里を抱き締めたまま、ゆっくりと褥に身体を横たえる。
「っ…信長様…?」
「今宵は朝まで抱いていてやる。何もせんから、安心してゆっくり寝め」
華奢な身体を腕の中に閉じ込めて、髪を梳いていると、やがて小さな寝息が聞こえてきた。
先程までの頼りなげな表情は消え、穏やかで満ち足りた笑みが口元に浮かんでいるのを確認して、一人安堵する。
胸がきりきりと痛い……
自分の知らぬところで愛しい女が悲しい思いをすることが、こんなにも辛いことだとは思いも寄らなかった。
自分が傷つくことよりも、自分の知らぬところで朱里が傷つくことの方が、今の自分には遥かに堪える。
(俺もまだまだだな…貴様を泣かせん、と誓っておきながら、またもこのように泣かせてしまうとは……。
朱里……朝までゆっくり眠れ。
明日の朝には、またその見惚れるような笑顔を見せてくれ)