第39章 紫陽花の寺
その時、それまで晴れていた空に不吉なほどに黒々とした雨雲が波のように押し寄せてきたかと思うと、盥(たらい)をひっくり返したかのような唐突さで、雨が降りはじめた。
それと同時に風も吹き出し、障子が音を立てて揺れ始めた。
「まぁ、雨が…通り雨でしょうか……信長様、大丈夫かしら?」
村の方へ視察に行かれた信長様が急な雨に遭われていないか、と心配になり、様子を見に入り口へ向かいかけた時、廊下を大股で歩いて来る大きな足音が聞こえた。
「急な雨で参ったわ…すっかり濡れてしまったな」
手拭いで、濡れた髪を拭きながら襖を開けて信長様が入ってくる。
その姿は、髪も着物もびしょ濡れで、濡れ髪から水滴が滴り、頬を艶めかしく濡らしていた。
「信長様っ!びしょ濡れじゃないですか…」
「着替えを用意致しますゆえ、早く身体をお拭きなされ。天下人に風邪を引かれては大変じゃ」
「………すまん。朱里、手伝え」
「は、はい……」
************
用意してもらった別室で、信長様の着替えを手伝う。
帯を解いて、濡れて肌に張りつく着物を左右に開くと、鍛え上げられた逞しい胸板が目の前に現れて…ドキドキと胸の鼓動が早まった。
(うっ、目のやり場に困る…)
「…?どうした?早く拭け。俺の裸など見慣れているであろう?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて顔を覗き込まれて、ますます動揺が広がる。
(見慣れてるけどっ…明るい中で見るのはやっぱり恥ずかしいな…それに、濡れた肌が何だか妙に色っぽくて…)
それでも『信長様に風邪を引かせてはいけない』という使命感で、何とか身体を拭き終えて、新しい着物を着せかけようと手に取った時、更なる意地悪な声がかかった。
「待て、まだだ……下を拭いてないだろう?」
「えっ…えええっ!」
「下帯までびしょ濡れだ…脱がせよ」
「やっ、やだ…それはご自分でなさって下さい…」
「…貴様、俺が風邪を引いてもいいのか?…つべこべ言わずに早くやれ」
若干膨らんだ前を見せつけるかのように腰を突き出されて、羞恥とほんの少しの好奇心とが胸の内で暴れ出す。
無意識にゴクリと唾を飲んで、震える手を下帯の結び目に伸ばす。もどかしい程ゆっくりとした手付きで結び目を解くと、あっけなく
パラリと下帯が畳の上に落ちた。