第39章 紫陽花の寺
やがて、寺へと続く参道を抜けると、目の前に大きな山門が見えてくる。
馬を降り、山門を潜った先に見えたのは、本堂へと続く道の左右に広がる無数の紫陽花の花だった。
まさに今が見頃といったところだろうか。
境内を埋め尽くすように何株も植えられている紫陽花は、その全てが今が盛りと咲き誇っている。
花の濃い青色の花弁と葉っぱの緑色の対比がこの上なく美しい。
雨上がりの雨粒が、花びらの鮮やかな青色をより一層引き立てており、その清廉な美しさに思わず息を呑むほどであった。
「……きれい」
朱里は目の前に広がる光景に目を奪われたように、驚きの表情でほぅ…と息を吐いている。
うっとりと紫陽花を見つめる潤んだ瞳を隣で窺いながら、紫陽花以上に艶めかしいその表情に、騒ぐ鼓動を抑えられない。
思わず衝動のままに肩を抱き寄せかけたが、来客に気付いた寺の小坊主が駆け寄って来るのが見えて、自制する。
俺が名乗ると、小坊主は可哀想なぐらい慌てて住職を呼びに本堂へと駆け戻っていく。
「……信長様、先触れを為されてなかったのですか?」
「構わん。住職とは旧知の仲だ。先触れなしに訪れるのは、いつものことだ」
紫陽花を鑑賞しながらしばらく待っていると、本堂の方から、この寺の住職が歩いて来る。
「信長様、お久しゅうござるな。近頃はお忙しいのか、なかなかお顔をお見せになりませなんだな」
「ふっ、俺も日々忙しいのだ。元気そうだな、沢彦」
「お陰様で何とか生きておりますよ。おや、今日は女人をお連れとは…珍しい。そのお方、もしや……」
「俺の奥方、朱里だ。 朱里、この御仁は沢彦宗恩(たくげんそうおん)和尚、この寺の住職だ」
「ほぅほぅ、ようやく奥方を迎えられたか…それはめでたい。これで拙僧は思い残すことなく御仏の元に行けますな、ははは」
「ふっ、ぬかせ、まだまだ生きるつもりであろうが。俺が天下布武を成すまでは死なせんぞ」
「ふふ…遠からずその日は訪れましょうな……さて、中で茶でも点てて進ぜよう。寺の中から見る紫陽花も美しいですぞ。さあ、お二人ともお入りなされ」