第39章 紫陽花の寺
「……信長様?」
いつの間にか思考の海に沈んでいた俺の顔を、朱里が心配そうに覗き込んでいる。
どれぐらいの時が経っていたのだろうか…外はまだ雨が降っているようだが、いつの間にかそれは、音もなく静かに降る霧のような雨に変わっていた。
この分だと、今日は午後には雨は上がるだろう。
(それまでに、できる限りの政務を片付けておかねばなるまいな)
「……朱里、雨が上がったら…出かけるぞ」
「えっ?どちらに行かれるのですか?」
「ふっ、以前、約束しただろう?紫陽花を見に連れて行ってやる、と。今時分は、ちょうど見頃だろう」
************
城下を出て、二人仲良く馬を並べて紫陽花の寺への道を歩む。
雨はすっかり上がり、行く道の草花や木々はしっとりと濡れそぼち、雨粒がキラキラと輝いている。
「雨、上がってよかったですね、信長様」
「あぁ、紫陽花は雨上がりの時に見ると、その色が一段と際立って美しいからな。紫陽花は植えられた土壌の成分によってその色を変える。桃色、紫、青色、と様々に移り変わる、その変化もまた目を楽しませるな」
「そうですね。これから行くお寺はどんな色の紫陽花が咲いてるんでしょうか…楽しみですね!」
紫陽花のようにくるくると表情を変える朱里。
その移り変わる表情に、囚われたように目が離せない…ひと時も見逃したくないと思えるほどに愛おしい。
貴様が喜ぶのならば、無理をしてでも時間を作ってやりたいと思い、多少強引に今日一日の政務を終わらせた。
紫陽花が咲き誇る様を見て、どんな顔をするだろうか、喜んでくれるだろうか…その瞬間を想像するだけで、可笑しいぐらいに心が浮き立ってくる自分がいる。
(俺はこんなにも貴様に溺れているのだと、そう言ったら……貴様はどんな風に応えてくれるのだろうな…)