第38章 愛しき日々
ひとしきり城下で町歩きを楽しんだ私達は、夕暮れが近くなり空が朱と金に染まり始める頃、手を繋いで、城へ戻る階段をゆっくりと昇っていた。
「…信長様、今日は本当にありがとうございました。愉しい時間が沢山過ごせました」
「ふっ…まだまだこれからだぞ。夜の宴も楽しみにしておれ」
「はい…でも今日は信長様のお誕生日ですから…信長様が目一杯愉しんで下さいね!」
「ああ…そうだな…」
(ん?)
信長様の返事が何か他人事みたいに聞こえて違和感を感じたけれど、すぐに肩を抱き寄せられて腕の中に閉じ込められてしまったので、その違和感の理由を問い質すことはできなかった。
************
一旦、信長様と別れて自室に戻り、夜の宴の為に支度をする。
信長様が新しく仕立てて下さった豪華な打掛が衣桁に掛けてある。
「はぁ〜、何度見ても見事な打掛でございますね!姫様」
千代がうっとりとした目で見つめているのを、苦笑しながら見遣る。
「千代ったら、それ言うの何回目?そんなに見つめたら、穴が開いちゃうわよ」
「まぁ、姫様っ、ひどいですわ。私は信長様の姫様へのご寵愛の深さに感動しておりますのに…」
(本当に今日の信長様はいつも以上にお優しかった。信長様のお誕生日なのに、私が幸せにしてもらった一日だったな。
夜の宴は信長様に愉しんでもらわなくちゃ…)
打掛を纏い、千代に全体を整えてもらっていると、
「…朱里、支度は出来たか?迎えに来たぞ」
(えっ?信長様??)
千代が慌てて襖を開けると、晴れ着姿の信長様が口許に笑みを浮かべて立っておられた。
「…ど、どうなさったのですか?迎えに来て下さるなんて…」
晴れ着を身に纏った、いつも以上に凛々しい信長様のお姿に見惚れてしまって、上手く言葉が出てこない。
「ほぅ…よく似合っておる。今宵はまた…一段と美しいな」
目を細めて、上から下へとゆっくりと視線を下されて、恥ずかしさで頬が熱くなってくる。
「…信長様も晴れ着姿、素敵です……」
(素敵過ぎて直視できない……)
「では、行くぞ」
差し伸べられた手に、そっと掌を重ねると、すぐに強く握り締められて……二人で広間へと向かう。