第38章 愛しき日々
「信長様、朱里には当日まで内密になさるおつもりですか?」
家康が何か思案した様子で問うてくる。
「そうだ。あやつの驚く顔が見たい。貴様ら、朱里には決して気取られるなよ」
「……だそうだよ、三成。間違っても朱里に『誕生日の贈り物は何がいいですか?』なんて、聞くなよ。分かった?」
「さすがは家康様、思慮深いご配慮、痛みいります」
「………お前が短慮なだけだろ…」
「こらっ、二人とも止めなさい。御館様の前だぞ」
朱里への祝いは何がいいかと、わいわいと言い合う武将たちの様子を、信長は穏やかな心地で上座から見つめていた。
(朱里は本当に皆から愛されている。あやつの心は裏表がない。
北条家の姫として生まれ、育ってきたのだから、偉ぶるところがあってもおかしくはない筈だが、家臣に対しても民たちに対しても、その様な態度は見せたことがない。
誰に対しても、謙虚で優しい。
だが、時に驚くほど強い一面を見せることもある。
俺が鉄砲傷を負った時もそうだった。家康に師事していたとはいえ、あのような場で、しかも初めてで冷静に対処できるとは正直思っていなかった。
朱里の新たな一面を知るたびに、強く惹かれる。どのような顔も見逃したくない、と思う。
あやつの笑顔を守る為ならば、俺はどんな愚かなことでもやってのけられるだろう。
この感情を『愛』というのならば、愛とは何と恐ろしいものであろうか…この俺をこのように惑わせるとは………)
毛利の動き次第では、また大きな戦が起こるであろう。
天下布武を成し遂げる為には、戦は避けては通れぬ。
天下の静謐を乱す者は、この俺が全て排除する。
今までも、そしてこれからも、そうして俺は進み続けるであろう。
だが……戦の前の、この穏やかで愛しき日々が少しでも長く続けば良い、と今はそう願わずにはいられなかった。