第38章 愛しき日々
重くなってしまったその場の空気を変えようと、何か楽しい話題はなかったかと考えを巡らす。
「……そう言えば…もうすぐ信長様のお誕生日ですね。
今年も城の皆が張り切って準備してますよ。
信長様、何かお誕生日に欲しいものとか、して欲しいこととか、ありますか?」
「ふっ、これまでは生まれ日に特別な思い入れなどなかったが……
貴様と出会ってからは、貴様と過ごすその一日が殊更大切なものに思える。
朱里、俺は特別な贈り物などはいらん。貴様が俺の隣で笑っておれば、それだけでよい」
「信長様……」
信長様のお誕生日…それは私にとっても大切な日だ。愛しい人がこの世に生を受けた日。信長様は、私との未来を望んで下さった。だから私は、生まれ日が大切な思い出でいっぱいになるように、貴方の傍で貴方を毎年たくさん祝ってあげたいと思う。
「そういえば…貴様の誕生日はいつなのだ?」
突然思い出したかのように自分の誕生日を聞かれて、一瞬戸惑う。
「えっ?私の誕生日ですか??私は、睦月の12日です。
あっ、日は信長様と同じ12日ですね!」
「…睦月だと?既に過ぎておるではないか…貴様、何故それを早く言わん?」
急にひどく不機嫌そうな顔になった信長様に戸惑いを隠せない。
(あれ?信長様、怒ってる?)
「えっ、でも去年の誕生日はまだ信長様と出会う前だったし、今年は…年始は色々なことがあって、正直誕生日どころではなかったから……。それに、特に聞かれなかったですし」
「たわけっ!聞かれなくても言えば良いものを」
「ええっ、言えませんよ、自分からそんなこと…」
そう答えた私の顔を見つめる信長様の表情は、どこか悲しげで…
「………気付いてやれず悪かった。何か欲しいものはないのか?
今からでも遅くはない。貴様の望みならどんなことでも俺が叶えてやる」
信長様は、そっと両の手で私の頬を包み、これ以上ないほど優しい声音で囁いてくれる。その溢れんばかりの優しさに触れて、涙が出そうなぐらい嬉しくなる。
私には信長様のその言葉だけで十分だった。
「欲しいものなんてないです。身に着けるものなどは、日頃から十分に頂いておりますし。
それに……私も貴方の隣にいられるだけでいいんです」
贈り物などなくてもいい。信長様と二人で庭を愛でて他愛ない話をしながらお茶を飲む、そんな時間が私の幸せだった。