第38章 愛しき日々
『光秀、元就の所在はまだ分からぬのか?』
『はっ、まだ掴めておりませぬ。居城であった吉田郡山城にも姿は見せず…そもそも、あの城は今は毛利の旧臣に治めさせてはおりますが、織田方の目付が配置されておりますので、元就も勝手な動きは出来ぬかと…』
『自分は上手く隠れて、雑賀衆を利用して俺の命を狙う、か。
なかなかに狡賢い奴とみえる。謀神と言われるだけのことはあるようだな。
再び何か仕掛けてくるかもしれん。
……光秀、早急に元就の所在を突き止めよ』
『はっ、承知致しました』
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「……また何か考え事か?」
茶器を手に持ったまま、飲むでもなく、ぼんやりとしてしまっていたようだ。ハッと我にかえると、心配そうに見つめる信長様の姿があった。
「っ…ごめんなさい…。
あのっ…信長様……また戦が始まるのでしょうか?」
「今朝の軍議のことか。毛利の出方次第だな。挙兵の兆しがあるようならば放っておく訳にはいかん。
だが、しばらくは様子を見る。今すぐ戦になるということはないだろう」
「そう……ですか…」
(今すぐに戦となると、信長様のお怪我の具合も心配だ。本人は『かすり傷だ』とばかり仰るけれど、あれだけの傷では完全に治るのには時間を要するだろう。怪我が治らぬ内に戦になったら…信長様はいつも、自ら前線に出て兵達と共に戦われるというから心配だ…)
「…案ずるな。戦で俺が負けることなどない」
きっぱりと宣言するその顔は、自信に満ち溢れていて、他を寄せ付けない力強さがあった。
「っ、はいっ。信長様を信じています」
深紅の瞳を真っ直ぐに見つめると、全てを包み込むような優しい微笑みが返される。
天下静謐のため、この日ノ本を誰もが安心して暮らせる国にするため、信長様は戦をされる。
誰よりも強い貴方が戦に負けることなんて、きっとあり得ない。それでも…戦で数多の命を手にかければ、貴方の心はきっとまた傷つく。ご自分では気付かない、心の奥深いところが傷ついてしまうだろう。
私のいないところで貴方が傷つくのは、耐えられない。
貴方の心が悲しみで冷たく凍りついてしまわぬように、私は貴方を支えたい………