第38章 愛しき日々
熱が下がると、信長様は早速、溜まっていた政務を片付け始めた。
伊勢に行っている間、急ぎのものは秀吉さんと三成くんが対応していたけれど、それ以外のものは大半が手付かずで、本丸御殿の信長様の執務室は、書簡の山と化していたのだった。
(本当はこの機会にゆっくり休んで頂きたいんだけどな…たぶん聞いて下さらないだろうけど……)
「信長様、お茶が入りました。少し休憩なさいませんか?
政宗が作ってくれた、水饅頭もありますよ」
「………ああ、そうだな…では暫し中断するか…」
二人で本丸御殿の庭に面した縁側に出て、庭を眺めながらお茶を飲む。庭には躑躅(つつじ)や牡丹など、色鮮やかな花々が今を盛りと咲き誇っており、目を楽しませてくれる。
本丸御殿のこの庭は季節の花々がその折々に咲くように作られていて、一年中花が尽きることがない。私のお気に入りの場所だった。
(安土に来て、もう1年か…。その間本当に色々あったけど、今、私、幸せだ。こうして信長様の隣で花を愛でてゆっくりお茶して…こんな幸せな時間がこれからも続いて欲しい……でも…)
先程終わったばかりの朝の軍議での話を思い出す。
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『御館様を狙撃した者は雑賀の者、その背後にはどうやら毛利が糸を引いているようです』
『毛利だと?光秀、それは確かか?毛利は織田に攻められて、既に滅んだはずだろ?今は織田に降った旧臣達が支城に入ってるぐらいで、当主の元就は死んだはずだぞ。以前、毛利の旧臣が謀叛を起こしたことがあったが…その時も元就の姿はなかったんだろ?』
『秀吉、落ち着け。間諜からの知らせでは、近頃、海賊のように船を操る、元就によく似た男が度々目撃されているらしい。今のところ、大っぴらに兵を集める様子はないようだが……』
『御館様を鉄砲で狙うような卑怯な真似しやがって、許せねぇ。
このまま黙ってるわけにはいかねぇぞ』
『だから落ち着けと言っているだろう。お前は御館様のことになると、途端に冷静さを欠くな』
『っ、お前は何でそんなに落ち着き払ってるんだよ!御館様がお怪我を負われたんだぞっ』
『………貴様ら、言い合いはそこまでだ。話が進まん』
上座から鋭い一声が掛かって、一瞬で広間の空気が変わる。