第37章 危機
「…信長様を狙撃した者は、捕らえられたの?」
「忍びの者が後を追ってるらしい。まだ報告は来てない。でも、狙撃者はただの実行犯だ…裏には指示した黒幕がいるはずだよ。そっちは光秀さんが調べてる」
「そう…また戦になるのかな…」
眠る信長様の顔を見つめながら、掛け布から出ていた手をそっと握る。その手はまだ熱のせいで火照ったように熱かった。
「…信長様が目覚められるまでは、何とも言えない。でも…織田軍が、やられっぱなしで黙ってられるとは思えないね。
朱里…アンタは信長様の心配だけしてなよ」
『目覚められたら知らせて』と言い置いて、家康が天主を出て行った後、信長様の額に乗せた手拭いを交換しながら、その火照った頬に触れる。
信長様…早くお目覚め下さい。
貴方が笑って下さらないと、私は苦しくて堪らない。
貴方が触れて下さらないと、私は私でなくなってしまう。
この身体が、心が、貴方を求めてやまないのです。
信長様…目覚めて私をその手で抱き締めて…
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信長は、自身の身体にかかる重みを感じ、意識を浮上させる。
徐々にはっきりしてくる意識の中、周囲に視線を振り向けると、自身の手を握り締めたまま布団の横でうたた寝をする、朱里の姿があった。
(俺はどのぐらい眠っておったのか…)
家康の薬湯が効いたのか、相変わらず傷口の痛みはあるが、熱による身体の気怠さは消えていた。
(朱里…俺は貴様に随分と心配をかけたようだな…)
朱里の頬には薄らと涙の跡が残っており、泣きながら眠ってしまったようだった。貴様を二度と泣かせぬ、と誓ったはずなのに、我ながら不甲斐ないことだ。
朱里の頬をそっと撫でてから、信長は身体を起こそうと身動ぐ。
「っつ…くっ…」
身体を起こした拍子に右肩にズキッと鋭い痛みが走り、思わず声が漏れる。朱里の様子を窺うと、穏やかな寝息を立てて眠り続けており、起こさずに済んでほっとする。
ふうっと大きく一つ息を吐くと、立ち上がって部屋の入り口へと向かい、襖越しに控える小姓に声をかけた。
「…光秀を呼べ」