第37章 危機
「おやかたさまーっ」
(この声っ、秀吉さん?)
前方から聞こえてくる馬の蹄の音と聞き慣れた声に、目を凝らして見てみると、数十人の兵を引き連れて先頭で駆けてくる秀吉さんの姿が見えた。
「ふっ、来たか、秀吉」
「お、御館様っ…お怪我の具合は?一体、何があったのですか?」
「……秀吉、うるさい。貴様の大声は傷口に響く」
「秀吉さんっ、お願いっ!信長様を早くお城へ…傷のせいでお熱が…」
「っ、何だって?」
そこからの秀吉さんの行動は早く、信長様を支えて馬に乗りかえると、一直線に安土に向かって走らせる。
私と伊助さんも兵を指揮して後を追うけれど、到底ついて行ける速さではなく、私が安土に着いた頃には、既に信長様は秀吉さんによって天主の褥に寝かされておられた。
固く閉じられた瞳 苦しそうに上下する胸 はぁはぁと忙しなく吐かれる吐息
褥に横たわる信長様は、眠っておられるようだが、その様子はひどく苦しげだった。
「…家康っ、信長様は……」
「さっき眠られる前に、熱冷ましの薬湯を飲んでもらったから、じきに下がるとは思うけど……この治療はアンタがしたの?」
信長様の包帯を巻いた肩口を指差して、家康が私に問う。
「う、うん……もしかして間違ってた?」
「いや…教えたとおり、ちゃんと出来てたよ。城に着いてから俺が包帯は換えたけど……火縄銃の貫通傷だったね、アンタ、よくやったよ。処置が早かったから、血をさほど失わずに済んでる」
「……よかった…お熱が下がったら、お目覚めになるかな…。
私、信長様が目覚められるまで…ここにいる」
「……朱里、アンタは大丈夫なの?怪我とかしてない?」
家康は心配そうに言いながら、さりげなく私の身体に怪我がないかどうか、見てくれているのが分かる。
「私は大丈夫。信長様が庇ってくれたから…」
そう…撃たれる直前、信長様は私を庇ってくれた。
私が一緒じゃなければ…避けられてたかも…。こんな怪我、してなかったかもしれない。私のせいで……
「……朱里。アンタ、自分のせいで信長様が怪我した、とか思ってない?…それ、違うから」
「っ…家康…?」
「まさか信長様も、火縄銃で狙撃されるなんて想定してなかったでしょ。直前に気が付いたのはさすが信長様だけど。急所を外れたのは、奇跡的だよ。ほんと、この人、悪運強いんだから…」