第37章 危機
「三成っ、三成はいるか?」
大声で呼びながら廊下を走っていると、すれ違う家臣や侍女達が『何ごとか?』といった目で見てくるが、それすら気にならないほど気が急いていた。
「秀吉様っ、如何なさいましたか?」
秀吉の大声を聞きつけた三成が、廊下の向こうから走ってくる。
「三成、すぐに兵を出す手配をしてくれ!少数で構わない、急を要するんだ!御館様をお迎えに行く!」
「御館様を、ですか?…畏まりましたっ、すぐに手配します!」
秀吉のただならぬ様子に、信長の身に何事か由々しき事態が起きたことを察した三成は、恐るべき早さで兵を招集し、秀吉はその僅か数刻後には安土を出立していた。
(…御館様…秀吉がすぐに参ります。無事でいて下されっ)
兵を叱咤し、全速力で安土から伊勢へ向かう道を進んでいく。
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峠の険しい山道を、信長は片手で手綱を握り、ゆっくりと馬を歩ませる。伊助は馬の横を歩きながら、辺りに目を光らせている。
朱里はできるだけ信長の負担にならないようにと、少し距離を取るように姿勢を正して馬の背に座している。
三人とも無言で山道を下っていく。もうまもなく峠を抜けて道が開けてくる頃である。
(…信長様…大丈夫かしら…少し呼吸が荒いような…)
心配になって僅かに首だけ後ろに向けようとしたところ、ぐらっと姿勢を崩してしまった。
(きゃっ!っ、落ちるっ…)
「朱里っ!…っつ…くっ…」
すかさず信長が怪我をした方の手で抱き寄せる。が、傷口に響いたようで、顔を顰めて痛みに堪えている。
「信長様っ!大丈夫ですか?ごめんなさい…私のせい…で」
(っ…熱いっ…信長様の身体…なんでこんなに…)
抱き寄せられた拍子に身体に触れて、いつもより体温が上がっていることに気付く。
「信長様っ…お熱が?」
「っつ…大したことはない。朱里、俺にしっかり掴まっておれ。
落馬でもしたら許さんぞ」
(どうしよう…発熱は傷のせいだよね…どうしたらいいのか、これ以上は私では分からない。早く家康に診てもらわないと……
秀吉さんっ、お願いっ、早く来て!)
祈るような思いで、進む道の先を見つめた、その時………