第37章 危機
信長様の声に答えるように、羽黒は空高く羽ばたくと、私達の上をクルリと一度旋回してから、安土の方角へと飛び立っていった。
「これで秀吉が迎えを寄越すだろう。このまま峠を越えるぞ。途中で合流できるはずだ」
信長様はそう言うと、さっさと馬に跨って、左手一本で器用に私を馬の背に抱え上げた。
「の、信長様っ…あの…私、歩きます。一人で乗って下さいっ!」
慌てて身動ぐ私を後ろからギュッと抱き締めて、いつも以上に甘い声で囁く。
「貴様に触れておらねば、痛みで意識が飛ぶ。これより貴様に命ずる。安土に着くまで、俺に傷の痛みを忘れさせよ」
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その頃、安土では………
秀吉は、政務で凝った肩を揉みながら、本丸御殿の庭に出て一息ついていた。安土の留守を任された秀吉は、信長不在の間の急ぎの政務を三成と共に片付けながら、信長の帰りを待っていた。
(昨日伊勢を出立された、と伊助から知らせがあったから、今頃は千草峠を越えておられるあたりか……)
澄みわたる青空を仰ぎ見たその時、何か黒い大きなものが視界を横切ったような気がして、再び頭上を見上げようとした秀吉は、その頭の上に突然の衝撃を感じて慌てた。
「わわっ、なんだ、何だ??って…お前、羽黒か??っ、こら!羽黒、降りなさいっ!」
慌てて羽黒を頭の上から降ろすと、羽黒はバサバサと翼を広げて、秀吉の傍へ近づこうとする。
「羽黒…御館様はまだお留守だぞ。お前がこんなとこまで来るなんて、どうしたんだ?
………ん?お前、足に何付けてるんだ??」
普段は信長以外の者に触れられるのを嫌がる羽黒だが、秀吉が足に触れても黙ってじっとしている。
「…つっ、これは…御館様のっ…」
信長の純白の羽織が血に染まっている…その由々しき事態に頭と心が混乱して、身体に震えが走る。
「…羽黒っ、お前、御館様と一緒にいたのか?おっ、御館様に一体何が……」
問いかけても羽黒が答えられるわけもなく、『キィーキィーッ』と鋭い鳴き声を上げるばかりである。
秀吉は、その大きな声に我に返り、冷静になって考える。
(羽黒は御館様以外には触れさせぬ…ということは、これを足に結んで安土へ向かわせたのは御館様ご自身。お怪我の程度が心配だが、ご無事ではある、ということか…)
そう判断するとすぐ、本丸御殿に駆け込んでいく。