第37章 危機
千草峠の険しい山道を馬はゆっくりと歩んで行く。
道幅は狭く、左右から高い樹木が葉を生い茂らせて光を遮っており、些か視界が悪くなっている。
峠道をちょうど半分ぐらい来たところで、それまで話をしていた信長様が、周囲の気配を窺うように急に黙り込んだ。
(信長様?どうしたんだろう?)
「朱里っ!伏せろっ!」
(えっ?)
信長様が鋭い声で言いながら、私の身体を庇うように馬の背に深く伏せた、その時……『パーンッ』という音が響いた。
「っ、くっ」
(なに?一体何が……)
信長様が、混乱する私を抱えて、馬の背から飛び降りて転がるように木々の間に滑り込んだその時、再び『パーンッ』という音が響いたかと思うと、目の前の木の幹から木片がはじき飛んだ。
それを見てようやく理解する………火縄銃だ。火縄銃で狙撃されたんだ………
「御館様っ!」
木々の間に潜り込んでいる私達のもとへ、忍び装束の男性が素早く駆け寄ってきた。
「っ、御館様っ…お怪我を?」
(……え?)
「大事ない。かすり傷だ」
私を抱き締めていた信長様がゆっくりと身体を起こしながら、言うけれど…
「っ…信長様っ、血がっ!」
見ると肩の上辺りの羽織が焼け焦げたようになっていて、溢れ出した血が白い羽織を赤く染め始めていた。
「血…早く止めないと…どうしよう…あ…」
溢れる血を見て動揺してしまい、身体が震えていた。
「落ち着け、朱里。俺は大丈夫だ」
「御館様、手当てを…」
「よい、それよりも伊助、襲撃者を追え。生かして捕らえよ」
「手の者が追っております。再度の襲撃があるやもしれませんので、私は御館様のお傍に。…傷をお見せ下さい」
「弾は皮膚を貫通しただけだ。この分だと骨には達してない。血が止まれば、動ける」
「…あ…私、手当てを…信長様っ、私が…」
荷物の中から医術の道具を探す。もしもの時にと思って、家康にお願いして一通り揃えてもらっていたものだった。
焦っているのと身体が震えているのとで、なかなか探し出せなくて、頭がどんどん混乱する。
(どうしよう…どうしよう…早くしなくちゃ…血があんなに…)
「朱里、落ち着け」
突然、信長様が私を背後からふわりと抱き締めた。