第36章 母というもの
「…はぁ…」
私は一人、案内された客間で、もう何度目か分からない溜め息を吐いていた。
安濃津城には数日滞在するとのことで、その間、信長様は伊勢国内を視察したり、志摩国の九鬼水軍のところにも顔を出される予定らしかった。
(てっきりお城でゆっくりされるのかと思ってたら、公務の予定を組んでおられたなんて……これじゃあ、ますます義母上様と会う時間なんてなくなっちゃう……)
そこまで思い至って、ハッとなる。
(っ、もしかしてわざと? 義母上様を避ける口実なの??)
「………また何か考えごとか?」
「わっ!きゃあっ!」
湯浴みから戻られた信長様が、いきなり後ろから抱きついてきて、耳たぶにカプッと噛みついた。
「やっ、もう!いきなり何するんですか!」
「ぼんやりしている貴様が悪い。当然、俺のことを考えていたのであろうな?」
(まぁ、信長様のこと、ではあるよね……)
「まぁ、そうですね」
「………何だ、その気のない返事は」
不満げに呟いたと思ったら、あっという間に私を押し倒して馬乗りになっていた。
「やっ、うそ…信長様?待って…今宵は、ゆっくり休まれますよね? ね?」
(ここは客間ですよ?義母上様やご家族もお住まいのお城ですよ!)
「ふっ、貴様を思う存分、堪能したら休んでやってもよい。
ちなみに今宵も護衛の者は下がらせてあるゆえ、安心しろ。
…貴様が大きな啼き声をあげねば、城の者にも気付かれはせん。
まぁ、どこまで堪えられるか、見ものだがな…」
「んんっ、っ、は…あっ…」
首筋に熱い唇を押しつけられて、強く吸い付かれる。
(あっ、やだ…また痕が…)
「んっ、信長さま…痕、つけないで…お願い…」
「……貴様は俺だけのものだ。朱里…愛してる」
「あっ……あぁ…」
熱に浮かされたような紅い瞳と、耳元で甘く注ぎ込まれる愛の言葉に、酔わされたようにふわふわとした心地になる。
昨夜の激しい情事の余韻が残る私の身体は、今宵もまた、信長様によって甘く蕩けさせられることになったのだった。