第35章 伊勢へ
険しい山道が続く千草峠を越えて、日が西に傾きかけた頃、私たちは今宵の宿に着いた。
それほど大きな宿ではないけれど、趣のある静かな宿だった。
「信長様、お疲れでしょう?先に湯を使われてはいかがですか?」
部屋に通されて荷物を片付けながら、真っ先に信長様に声をかける。
(ずっと私を支えて馬に揺られておられたんだから、流石に信長様でもお疲れのはず……今宵はゆっくり休んで頂かなくては…)
「ああ、そうだな。では貴様も支度をしろ」
「……は?」
「何を呆けた顔をしている。一緒に湯に浸かるぞ」
「……えええっ??っ、だめですよ!ここはお城の湯殿と違うんです!混浴でもないし、そもそも他の宿泊客の方もいらっしゃるでしょうし……一緒になんて無理です!」
「くくっ、安心しろ。今宵、この宿は貸切だ。客は俺達しかおらん」
「なっ……」
「秀吉が手配した。『御館様を素性の知れぬ者たちと同宿させるなど言語道断』などと息巻いておったわ。
まあ、俺にとっては好都合だったな。貴様と二人きりで存分に夜を楽しめる」
ニヤニヤと意地悪そうに笑みを浮かべられて、開いた口が塞がらない。
「や、あの、今宵はゆっくり休んで下さいね?馬に揺られてお疲れでしょう?明日に差し支えますよ?」
取り敢えず説得しようと試みるけれど、当然のように無駄な抵抗だったみたいで………
「ああ、貴様を抱いてゆっくり休むとしよう。貴様は良い枕だからな」
「もうっ!私は枕じゃありません!」
「何を言う。貴様がおらねば俺はゆっくり眠れん。
俺にとっては、この上なく良い極上の枕だ」
褒められてるのか、揶揄われてるのか、分からないけど……信長様の顔はこの上なく満足そうだ。
(満足そうなこの顔が見られるんなら、まぁいいか)
ご機嫌な信長様に引っ張られるように腕を引かれて、私たちは宿の湯殿へと向かった。