第35章 伊勢へ
出立の日
信長様と私が伊勢へ向かう日の朝、私達は城門前で秀吉さんに見送られていた。
「御館様、くれぐれもお気をつけて。
忍びの者がお守り致しますが、あまり無茶はなさいませんように。
朱里、御館様を頼む」
この伊勢行きで、信長様は私と二人だけでの旅を望まれたけれど、秀吉さんの猛反対に遭い、散々揉めた結果、忍びの護衛を遠巻きに付けることで信長様が妥協なさったのだった。
それでも信長様は不満げで、直前までブツブツと文句を言っておられたけど………
「秀吉、くどい。そう何度も言わずとも分かっておるわ。
それと……忍びの者にはできるだけ離れて護衛するように言っておけ、いいな」
「なっ、いきなり無茶言わないで下さいっ」
「そもそも俺に護衛など要らんといつも言っておろうが。
貴様、俺を信用しておらんのか?」
「おっ、御館様っ」
泣きそうな顔の秀吉さんに背を向けて、信長様はさっさと愛馬のもとへと歩き出す。
慌てて後をついてきた私に手を差し伸ばし、一気に馬上に引き上げてくれる。
そのまま信長様の前に座らされ、後ろから腰の辺りに手を回してぎゅっと抱き締められた。
ぴったりとくっついたせいで、信長様の逞しい胸板を背中に感じてドキドキと鼓動が高鳴る。
「あっ、あの、信長様、伊勢までは遠いですから、私を一緒の馬に乗せて行かれるのは、お疲れになりませんか?
私も自分の馬に乗りましょうか?」
「……ふっ、別々の馬だと道中、貴様の身体で遊べぬではないか」
ニヤリと口の端を上げて意地悪そうに笑う。
「なっ、遊ぶって…何するつもりで…??」
「夫婦になって初めての旅だからな。
存分に俺を楽しませろ、朱里」
耳元で甘く囁かれて、その艶のある声に身体の芯が痺れる心地がしたけれど、伊勢までの長い道中、一体何をされるのかと、不安と期待が入り混じって千々に心が乱れてしまったのだった。