第35章 伊勢へ
信長様が伊勢の信包様に文を送ってすぐ、伊勢からも返信があり、『お市様や姫たちも楽しみにしている』と書いてあった。
一緒に届いた報春院様からの文には、『朱里殿にも会えるのを楽しみにしています』と書いてあって、その流れるような美しい筆跡の文に、どんな方なんだろう、と想像が膨らむ。
信長様を疎んじられて、弟君をご寵愛されたと聞いているけど……この文にはそんな冷たい雰囲気は感じられない。
信長様は相変わらず、母上様に対しては冷たい態度を崩されず、文に返事も返そうとはなさらなかった。
気を遣って私がお返事を書きたいと言ったら、それは許して下さったけど……信長様の母上様への気持ちはやっぱり複雑みたいだった。
「朱里、伊勢への旅の支度、進んでるか?」
自室で考えごとをしていたら、いつの間にか秀吉さんが来ていた。
「あっ、秀吉さん!ごめん、気付かなくて…」
「いや、声はかけたんだけどな…難しい顔して考え込んでたけど…御館様のことか?」
「うん…信長様と御母上様のこと、考えてて…
私は信長様のために何がしてあげられるのかな、って…」
「朱里はただ御館様のお傍にいるだけでいいんだよ。
御館様はこれまで、どんな困難な局面でも強く、揺るぎない信念のもと、天下布武のため突き進んでこられた。
元々お強い方ではあるが、お前と出逢われて、お前という守るべき存在ができてからは、更にお強くなられたと俺は思う。
御館様が報春院様と和解なさって、過去の色々を断ち切ることができれば、御館様のお心はより強くなられると思うんだ。
朱里、御館様に伊勢行きを説得してくれて、ありがとな」
思いの丈をぶつけるように話す秀吉さんの姿に、信長様への堅い信頼と深い愛情を感じて、心の中がじんわりと暖かくなった。