第34章 すれ違い
「……よい、入れ」
襖が静かに開かれて、入ってきた朱里は白い夜着の上に羽織を纏っただけの姿で、久しぶりに見たその愛らしい姿に、自然と心が騒ぐ。
(自分から遠ざけておきながら、その姿を目にしただけで気持ちが揺らぐとは……俺もまだ我慢が足りぬな)
「こんな夜更けに如何した?」
騒ぐ心の内を悟られまいと、平静を装いながら問いかける。
「……今一度、きちんとお話をしたくて参りました。
あのっ、ごめんなさい、信長様。
御母上様とのこと、信長様のお気持ちも考えないで勝手なこと言ってごめんなさいっ。
御母上様が信長様に会いたいと言って下さるなら、これまでの関係も修復できるのではないかと思ったのです。
でも……信長様にとっては、そんなに簡単な事ではないですよね」
「………………」
「信長様が、会いたくない、と思われるなら……それでもいいと思います。
それでも私は……やっぱり御母上様に会いたいです。
信長様を……愛しい貴方を産んでくださったお方に会いたい。
貴方は『産んだだけだ』と仰ったけど、私にとっては信長様をこの世に産んでくださったこと、それだけで十分なんです」
「っ、貴様…」
(母上が俺を産んでくれたから朱里とも出会えた、か……そんな風に考えたことなどなかった)
「信長様が御母上様と会って、その心がまた傷ついてしまわないように……お傍にいさせて下さい。
私は……どんな貴方も大好きだから」
朱里の小さな手が俺の背に回され、華奢な身体がギュッと俺を抱き締める。
背中に回された手が、トントンと子供をあやすかの如く動くのを、満たされた心地でじっと受け止めた。
「……朱里、貴様は俺を拒まぬか?
どんな俺でも……受け止めてくれるか?」