第34章 すれ違い
「…御館様、そのお心の内を朱里に晒け出されませ。
傷つけたくないからと距離を置いていては、ますます溝は深まるばかりですよ。
取り返しがつかなくなる前に……お願いします!」
「……っ秀吉…」
本当は気付いていた……遠ざけて距離を置いても、無意識に朱里を求める、己の心に。
寝所を別にして一人寝をするようになってから、まともに眠れていない。
微睡みに落ちてもすぐに目が覚めて、隣にあったはずの温もりを探す自分がいる。
こんな頼りない気持ちになったのは初めてだった。
魔王と呼ばれて怖れられるこの俺が、たった一人の女に拒絶されることを怖れるとはな……
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挨拶をして退席する秀吉を見送ってから、欄干に出て城下を見下ろす。
既に夜も更けた時間ゆえ、城下の明かりはすっかり消えており、眼下には深い闇が広がるばかりである。
漆黒の闇が己の心の内まで侵食してくるような、言い知れぬ不安に陥りかけたその時、襖の向こうから微かな足音が聞こえてきた。
(……秀吉が戻ってきたのか?……いや、しかし……この静かな足音は………)
足音は襖の前でピタリと止まる。そのまますぐに声がかかるかと思いきや、襖の向こうの主は躊躇っているようで、なかなか声がかからない。
焦ったくなって、こちらから開けてやろうかと足を踏み出しかけた、その時、頼りなげな小さな声が聞こえてきた。
「……信長様、朱里です…まだ起きておられますか?
あのっ………入っても宜しいですか?」