第5章 湯治
「貴様ら……天下人の女に手を出すとは覚悟はできているのであろうな?」
怒気を含んだ低い声が聞こえて、にわかに雲間から射し込んだ月の光が愛しい人の姿を照らし出す。
「信長様!」
「…信長、だと?まさか、そんな…あの魔王か?」
盗賊達は信長様の名を聞いて震え上がるが、信長様が護衛もなく1人だと分かるや、一斉に取り囲む。
「魔王だろうが、女を盾にされれば手も足も出ないだろう?」
私を羽交い締めにしていた男が、私を盾に信長様に迫る。
信長様は余裕の笑みを浮かべていたが、ふと私の首筋に付けられた赤い跡に気付いて、辺りを凍りつかせるような冷酷な目で男を睨みつける。
「貴様、俺のものに跡を付けるなど…生きて帰れると思うなよ」
怒りの籠もった低い声で告げられる言葉は、私が聞いたことのないような冷たいものだったが、続けて私に告げられた言葉は優しく慈愛に満ちたものだった。
「朱里、すぐに終わらせる。しばし目を瞑っておれ」
信長様の怒りは凄まじく、あっという間に盗賊達は捕らえられ、命は取られずとも生きながら地獄を見たようだった。