第33章 母と子
その夜、結局、朝になるまで信長様は天主に戻ってこられなかった。
「先に休め」と言われたけれど、結局一睡もできなかった私は、夜着にも着替えぬまま褥に横になりながら、朝を迎えた。
天主に朝日が射し込む頃になって、ようやく戻ってこられた信長様は、私をチラッと一瞥すると、無言で着替えを始められた。
褥を共にするようになってから、こんなことは一度もなかった。
(朝帰りなんて…昨夜はどこでお休みになったの…)
「……おはようございます、信長様。
お支度、お手伝いしますね」
「……よい、一人でできる」
気まずそうに視線を逸らし、私が近づくのを手で制した信長様。
その身体から一瞬、嗅いだことのない甘い香の香りがした。
(この香り…信長様のとも、私のとも違う。誰の香……?)
嫌な想像がぐるぐると頭の中を回っているうちに、支度を済ませた信長様はすぐに天主を出て行こうとする。
「今朝は広間で皆と朝餉をとる。
………先に行ってるから、後から来い」
慌てて後を追おうとする私を拒絶するかのように、それだけ言うと足早に出て行ってしまった。
残された私は半ば呆然となり、暫くその場から動けなかった。