第33章 母と子
天主に射し込む月の光が、信長様の端正な顔を照らしているのを満ち足りた心地で眺める。
夕餉の後、月見酒を楽しんだ信長様は私に膝枕を命じて暫くすると、微睡の中に落ちられた。
戦場で見せる鬼気迫る姿とは正反対の、子供のように無邪気な寝顔。
(私だけしか知らない信長様のお顔)
ふと、昼間、家康から聞いた、信長様と御母上様との話が頭に浮かぶ。
(信長様はきっと、こんな風に母上様の膝で眠られることはなかったんだろうな……)
「………何を考えている?」
「……起きていらしたのですか」
「ふっ、貴様が何やら悩ましげな溜め息を吐くゆえ、目が覚めたわ。どうした?眉間に皺が寄っておるぞ」
揶揄うように笑いながら言うと、手を伸ばして指で私の額をピンっと弾く。
「あっ、痛い!もうっ、ひどいです」
「……何が貴様をそのような憂い顔にしておる?
話せ。
貴様を悩ますものは俺が全て取り除いてやる」
その表情には最早、揶揄いの色はなく、真剣に私のことを案じてくれている様子が見て取れて、心の奥が暖かくなる。
「信長様……此度の視察の旅、伊勢国へも行きませんか?
私、お市様や姫たちにも会いたいです」
「………市たちに会いたいのなら、また安土に呼んでやる。
こちらから行かずともよい」
「………報春院様……御義母上様にもご挨拶したいです」
「っ、貴様、誰に聞いた?
………挨拶など必要ない。
あれは……母などではない。俺をただ、産んだだけの女子だ」
目を逸らし、苦しげに吐き捨てるように言い切る姿は、痛々しさすら感じる。
「俺は……わずか二歳で父母と離れ、那古野城の城主となった。
従う者は乳母と傅役だけ。
父は俺を嫡子として認めてくれていた。
厳しかったが、俺の数少ない理解者でもあった。
母は……母と言っていいのか分からぬが…俺を疎んじ、遠ざけ続けた。
愛された記憶はない。母だとは思っておらん」
「信長様……」
「そのような顔をするな。
今更会って何になるというのだ。
貴様が気に病む必要はない」
「っ、でもっ、御義母上様は信長様に会いたがっていらっしゃるのでしょう?
ならばっ………」
「くどいっ!この話は終いだ」