第33章 母と子
「それから、早速ですが……清洲、岐阜の城主より来城の依頼が来ております。
『ぜひ、奥方様を伴ってのご視察を』とのことです。
それと…伊勢の報春院様からも…
御館様にお会いしたい、と文が来ておりました」
(伊勢の報春院様……?)
聞き慣れない名前に、誰だっただろうと頭を捻るが、思い出せない。
でも………その名を聞いた時、一瞬だけど信長様の表情が翳ったような気がした。
(一瞬だったし、気のせいだったかな…)
「ふっ、気が早いな。
まあ良い。家老たちとも約束していたしな。
清洲、岐阜、両城には参ろう。
伊勢は信包の安濃津城か……伊勢には…行かん。
そう伝えよ」
「や、しかし、御館様……報春院様が…」
「………二度は言わん。
報告はそれだけか?ならば下がってよい。
今朝は朝の軍議は行わぬ。
旅の支度を進めておけ」
反論を認めない、冷たい口調で言い切ると、この話は終いだといわんばかりに、手元の書簡に目を通し始める。
「っ、かしこまりました。
ではこれにて下がりまする。
朱里、後で家康のところへ行くといい。
医術の講義、時間取れるって言ってたぞ」
「そうなの?じゃあ、後で行ってくる!
教えてくれて、ありがとう。秀吉さん」
秀吉さんが退出した後、信長様の様子を伺うけれど、いつもどおりの涼しい顔で、次々と書簡の山を片付けている。
(伊勢へは行かない…その理由は何か特別なものがあるのかしら。
報春院様って……誰なんだろう?)