第33章 母と子
翌朝
着替えを済ませ、信長様の朝のお支度をお手伝いしていると、襖の向こうから、いつものように秀吉さんの声がかかる。
「おはようございます、御館様。奥方様。
秀吉です。お目覚めでございますか?」
「秀吉さん、おはよう!」
「奥方様、おはようございます」
(う〜ん、慣れないな…何か変な感じ)
「あっあの、秀吉さん、私のことは今までどおり『朱里』って呼んでもらっていいかな?」
「あ、いや、それは…こういうことは、きちんとしないとな」
「でも、何だか落ち着かなくて……ダメですか?信長様」
「ふっ、俺は構わん。どのように呼ばれようと、貴様自身はこれまでと何ら変わるものではないからな。
秀吉、朱里の望むようにしてやれ」
「はっ。御館様がそう仰るんでしたら…そのように致します。
朱里、これからも困ったら何でも相談してくれよな」
「ありがとう!秀吉さん」
(よかった…信長様の妻になっても皆とは今までどおりでいたいもの)
「御館様、昨日の南蛮寺での祝言ですが、城下の者達も非常に喜んでおりました。
南蛮寺に対する印象も大分変わったようです」
「本当、素敵でしたね、信長様。
特に最後のあれが良かったなぁ…」
「あぁ、俺もあのような演出があるとは知らなかったぞ」
婚礼の儀が終わり、礼拝堂から二人揃って外へ出た私達に、礼拝堂の中に入りきらなかった民たちから、思いがけない祝福の演出があったのだ。
「信長様、朱里様、おめでとうございます!」
口々に祝福の言葉をかけながら、私たちに向かって投げられたのは、無数の桜の花びらだった。
薄桃色の花びらがひらひらと舞い落ちる中、安土の民たちに見守られながら、二人で手を繋いで歩いた。
(花びらの演出にはちょっと驚いたけど…皆が祝福してくれてる、その気持ちが感じられて、すごく嬉しかった)
「民たちは、御館様のご婚儀を心から喜んでおります」
そう言う秀吉さんが一番喜んでる顔してるな、と思いながら、心の奥から湧き上がる幸せを噛み締める。