第5章 湯治
「はぁ〜お料理もとっても美味しかったですね!」
「貴様は本当に何でも美味そうに食うな」
私達は温泉のあと宿に戻って夕餉をいただき、お庭を見ながら寛いだ時間を過ごしていた。信長様はお酒を飲みながら。
「朱里、膝を貸せ」
信長様は飲んでいた盃を置いて、私の膝に頭を預ける。
「……酔われましたか?」
「いや、酔わん。……酔うのは貴様にだけだ」
下から熱のこもった真紅の瞳で見つめられ、目線を逸らせることができなくなる。私に身を委ねてくださる無防備な姿に愛しさが込み上げてきて、両手で頬を包み、そっと口づけを落とす。
「……信長様、好きです。貴方が好き。愛しています」
飾らない言葉で思いの丈をぶつける。
「……………」
(今夜も何も言ってくださらないの)
(私はこんなにも貴方が愛しくて堪らないのに)
「信長様は……私のこと好きでいてくださいますか?」
堪らずに思い切って聞いてみる。答えを聞くのは恐い…でも…
「っ……分からん」
(分からないって……?)
「俺は……好きとか、愛してる、とか、そのような気持ちは分からん。考えたことはない」
「っ、もういいです。分かりましたっ」
私は溢れそうになる涙を堪えて立ち上がり、そのまま部屋を飛び出す。
「朱里、待て。どこへ行く?」
背後から信長様の引き留める声が聞こえたけれど、振り返ることができずに宿を出てしまった。