第31章 祝言
信長様に手を引かれ、正面の神父様の前まで二人で進む。
緊張で心の臓がドクドクと早鐘を打って苦しくなり、小さく息を吐いていると、隣に立つ信長様の手にギュッと力がこもる。
そっと信長様の方を見ると、『大丈夫だ』と安心させるように優しく微笑んでくれた。
神父様は私達に優しく微笑みながら、儀式の開始を告げ、誓いの言葉を述べていく。
「信長様、あなたは朱里様を、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「ああ、誓おう。
この命尽きる時まで、朱里だけを愛すると」
「朱里様、あなたは信長様を、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います。
生涯、信長様をお傍で支えていきます」
互いに見つめ合い視線が絡み合う。
信長様の熱のこもった視線に絡め取られ、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(ああ…今すぐ信長様の胸に飛び込みたい…
神聖なこの場でそんなことを思うのは不謹慎かしら…)
「それでは誓いの品の交換を致しましょう」
神父様が合図をすると、黒漆塗りの広蓋が私達の前に運ばれてくる。
その上には二振りの懐剣が置かれている。
懐剣の鞘には、織田家の家紋である木瓜紋と揚羽蝶の紋様が、繊細な螺鈿細工で施されている。
信長様のものは金箔、私のものには銀箔を散らした、華やかなもの。
南蛮では婚姻の誓いの印に、『指輪』という指に着ける輪っかのような装飾品を互いに交換するのだ、と神父様から聞いた信長様は、『指輪』に非常に関心を持たれたのだけれど、日ノ本でこの短期間でそれを作れる職人が見つからなかった。
それでも何か誓いの品を互いに交換したいと思い、あれこれと思案した結果、お揃いの懐剣を新調して婚姻の誓いの品にすることにしたのだった。
信長様は広蓋から懐剣を取り上げると、私の着物の帯の間に挿してくれる。
私も同じように信長様の懐剣を手に取って、袴の間に挿して差し上げた。