第30章 南蛮の風
翌朝
天主に射し込む朝の光に、目を覚ました私は気怠い身体を起こして部屋の中を見渡す。
「……信長様?」
褥の中には既に信長様の姿はなく、隣に微かなぬくもりが残っていた。
(いま、何刻だろう?
もう朝の軍議に行かれたのかしら…)
褥を共にした翌朝は、表の公務が立て込んでいなければ、大抵起きるまで一緒に居てくださるのだけれど……
(そんなに寝過ごしちゃったのかな…
うっ、こんなんじゃ信長様の奥方になれないよ……)
自分の不甲斐なさに落ち込みながら、慌てて褥を出て身支度を整えていると、襖が開いて信長様が入ってこられた。
「……起きていたのか?
まだ休んでいてもよかったのだぞ」
「っ、私、寝過ごしてしまって……
朝のお支度のお手伝いもせず、申し訳ございませんでしたっ!」
ガバッと頭を下げる私に、信長様は困ったような顔をする。
「まだ寝過ごしたという程の時間でもない。
俺は、早くに目が覚めて、調べ物を思い出したので、書庫に行っていただけだ」
「っ、でも…信長様より後に起きるなんて…」
「朱里、貴様は少し気負いすぎだ。
俺の正室になっても、これまでどおりでいれば良いのだ。
無理をする必要はないし、して欲しくもない。
………ありのままの貴様を、俺は妻にしたいのだから」
「信長様…」
「……貴様が安土の皆の為に薬学や医術を学び始めたこと、家康から聞いた。
他にも色々と勉強しているそうだな。
貴様が誠に望んですることならば、良い。
それは安土の者にとっても、俺にとっても益のあることだからだ。
だが……良き妻にならねば、と無理をしているのなら、それは不要なことだ」
「無理はしておりませぬ。
……少しでも信長様のお役に立ちたくて…それだけなのです」
「ふっ、愛らしいことを言いおって。
妻になっても何も変わらぬ。
今のままでいろ。
俺は…そのままの貴様が好きだ。
………褥で乱れる妖艶な貴様も好きだがな、くくくっ…」
「っ、もうっ!変なこと言わないで下さいっ!」
信長様の包み込むような愛情が嬉しくて、肩に入っていた力が少し抜けたような気がした。