第30章 南蛮の風
南蛮寺の中は、見たこともないような装飾がなされており、見るもの全てが新しかった。
正面の十字架の像に向かって、数人の男女が何やら一心不乱に祈りを捧げている。
「オルガンティノ、後でまたいつもの演奏を聴かせてくれ」
「ワカリマシタ。オイノリノアト、オキカセシマス」
信長様と一緒に椅子に腰掛け、お祈りが捧げられている様子を見る。
「……信長様は、南蛮寺によく来られるのですか?」
「ん、時々な。
デウスの教えとやらに興味はないが、オルガンティノは気さくな性格で話も面白い。
安土の民の中にも、信者は増えてきている」
「………………」
「……意外そうな顔をしているな。
俺が吉利支丹を保護するのが意外か?
……延暦寺を焼き、一向一揆を殱滅する…仏敵と罵られる、この俺が、異国の宗教を認めているのが………」
鋭い眼差しでじっと見つめられ、動揺して、どう答えていいのか分からない。
「っ、いえ…そんなつもりは…」
「俺は神も仏も信じぬ。
信じて祈りを捧げても、戦がなくなる訳ではない。
神や仏は、何もしてくれぬ。
信じるのは己自身だけだ。
自らを信じ、自らの手で戦のない世を作るのみだ」
強い信念を宿した瞳は揺るぎなく、前だけを見据えている。
「延暦寺の僧は御仏に仕える身でありながら、肉を喰らい酒を飲み、女を抱いて、欲にまみれた有り様であった。
更には浅井、朝倉に味方をし、武家の争いに首を突っ込む。
仏に仕える者が武器を取り、人を殺める所業を犯すとは、許されぬ。
己の本業を蔑ろにして、政に口を出すなど片腹痛いわ」
「それに比べて、伴天連どもは自らの信じる神の教えを広めんと、遠い異国の地まで海を越えてでもやって来るのだ。
その心意気は大したものだと思う。
……俺は政に口を出さぬ限りは、どのような信仰を持つことも自由だと思っている」
(信長様のお考えは深い。
この方は無意味に人を殺める方ではなく、いつだって深い理由があるのだけれど……
こうして心の内を明かされることがないから、皆が誤解して恨みを一身に受けてしまわれる。
本当はこんなにも優しく、慈悲深い方なのに……)