第30章 南蛮の風
「ん、もう!いきなり過ぎますっ」
「ふっ、貴様が俺に可愛いなどと言うからだ」
信長様は『ぐらす』を持ち上げ、一つを私の手に持たせると、カチンと音を立てて器同士を軽く合わせた。
びいどろの器同士が触れ合った、澄んだ音色が耳に心地良く響く。
「???」
「南蛮では、飲む前にこのように互いに『ぐらす』を合わせて、酒を酌み交わすそうだ」
そう言うと、信長様は『ぐらす』を傾け、一息に飲み干した。
私も恐る恐る口を付け、ひと口、コクンと飲んでみる。
それは予想外に甘く、口に含むと果物のような芳醇な香りが広がって、今までに味わったことのない味だった。
「……甘くて美味しいです!飲みやすくて…
何だか果物のような香りがしますね」
もうひと口、先程より少し多く口に含んでみる。
口当たりが良くて、いくらでも飲めてしまいそうだった。
「『葡萄』という果実を発酵させて作るそうだ。
日ノ本でも栽培してみたいと思って、伴天連どもに色々と聞いてみたのだ。
伴天連どもの話は、どれもこれも目新しく、本当に興味深いものばかりだ」
空になった信長様の『ぐらす』に珍陀酒を注ぎながら、キラキラと輝く笑顔を見せて話す信長様を微笑ましく見つめる。
(信長様は、本当に新しきものがお好きなんだわ。
南蛮のことを話されている時、すごく良い顔をなさるもの)
「ふふっ、私も南蛮のお話を聞いてみたくなりました」
「…では、貴様も伴天連に会ってみるか?」
「ええっ??…会えるのですか?」
「城下に南蛮寺という吉利支丹の寺がある。
俺が伴天連たちに布教を許して、建てさせたものだ。
そこに行けば、会えるぞ。
連れていってやろうか?
視察だと言えば、秀吉も煩く言わんだろう」
「わぁ、是非行きたいですっ!」