第30章 南蛮の風
国元へ戻る家老達を見送ったその夜、天主で二人ゆったりと過ごす。
今宵は月が明るく綺麗で、室内にも月の光が差し込んでいた。
「信長様、御酒をご用意致しましょうか?」
「ん、そうだな、少し飲むか…
だが、酒の用意は要らぬ。
今宵は少し珍しいものがあるのだ」
そう言って立ち上がり、信長様は飾り棚のある方へと歩いていき、そこから何かを手に戻ってくる。
文机の上にトンっと置かれた、それは………
びいどろの瓶に入れられた、深紅の液体
その深い深い紅は、艶めかしく、何とも言えない妖しさを醸し出していた。
置かれた拍子に瓶の中身が揺れて、ゆらゆらと揺らめいている。
「………信長様、これは?
何とも…これは…まるで血のような…」
「ふっ、確かに血のような色だな。
……これは南蛮の酒だ。
珍陀酒(ちんたしゅ)という」
「珍陀酒(ちんたしゅ)……?」
「先日謁見した伴天連の献上品だ。
美しいだろう?
日ノ本の酒とは見た目も全然違う。
……秀吉などは『得体の知れないものは口にするな』と煩く言っていたがな」
信長は瓶を持ち上げ、同じくびいどろで出来た変わった形の高杯に瓶の中身を注いでいく。
紅い液体が注がれる様が艶かしくて、目を逸らすことができない。
「この器も南蛮のものですか?
変わった形をしておりますね」
「ん、伴天連は『ぐらす』と言っていたな。
南蛮のものは実に面白くて興味が尽きぬな」
「ふふふっ」
「……なんだ?」
「…いえ、新しきものを目にすると信長様は、本当に楽しそうになさいますね。
子供のような無邪気な顔をなさるので…なんだか可愛くて…」
信長様は口の端を上げてニッと笑うと、あっと思う間もなく、急に私の唇を奪った。
上唇をチュッチュッと軽く食みながら、薄く開いた私の唇を割って舌が入ってくる。
口内をぐるっと舐め回した後、舌を絡めて深く貪られる。
「んんっ…ふぁっ…あっ、はぁ…」
息が止まる程激しく重ねられていた唇が、チュプッという音を立てて離れていく。
「っ、はぁはぁ……」
ドキドキと早鐘を打つ胸を押さえて、乱れた息を整えている私に、信長様が意地悪そうに囁く。
「くくっ、子供はこのような口づけはせん」