第29章 決意
「………………」
「………………」
互いに言葉に詰まり、広間に長い沈黙の時間が流れる。
「……信長様」
それまでのやり取りを黙って聞いていた朱里が、信長の着物の袖を引っ張りながら小さな声で呼びかけてきた。
「…よい。思うままに話してみよ」
安心させるように、そっとその手の上に自らの手を重ねてやると、朱里はふっと一度息を吐き出してから意を決したように口を開く。
「っ、あのっ…確かに皆様の仰る通り、私との婚姻は織田家の益にはならないでしょう。
信長様の大望の実現の為には、もっと力のある家の方と縁を結ばれた方がいい、ということも分かっています。
………でも、分かっていても、私は信長様のお傍にいたいのです。
信長様が大望を叶えられるのを、お傍でお支えしたい。
多くの犠牲を払ってこられた信長様が、少しでも心安らかでいられるようにして差し上げたいのです。
……私が非難されることは構いません。
ですが、私のせいで信長様が皆様から非難されることには耐えられないのです」
長い長い沈黙の後、ようやく家老の一人が口を開く。
「……姫様は、御館様をさほどにお慕い申し上げておられるのか?何があっても、御館様をお支えしたいと…?」
「っ、はいっ!
この命が尽きる日まで、生涯お傍にいたい、共に歩んで行きたい、と願っています」
「御館様は大望の為、これまで多くの命を奪ってこられた。
今後もまだ暫く戦は続きましょう。
御館様の手は更に多くの命を奪い、血に染まる。
鬼だ魔王だと恐れられ、時に非情な決断もなされるでしょう。
…そのような業を共に背負う覚悟はおありかな?」
「…はい。信長様がどのような非情な決断をなされようとも、最期まで共に歩む覚悟は出来ています。
……信長様は本当はお優しい方です。
そのお心が壊れてしまわぬように、お傍でお支えしていきたいのです」
思わず重ねた手に力を込めてギュッと握ると、こちらを向いた朱里と目線が絡み合う。
揺るぎない信念を宿したその瞳に吸い寄せられるかのように、囚われた視線が外せなくなった。