第29章 決意
その夜、天主にて****
「……信長様…信長様?」
「………………」
気遣わしげな声で名を呼ぶ声に、ハッと顔を上げると、心配そうに覗き込む朱里の姿があった。
「……何だ?」
「いえ、あの…まだお飲みになられますか?
今宵は随分と御酒がすすんでおられるようで…心配で」
「ん、ああ…そうだな」
無意識にかなりの量の酒を口にしていたようだ。
普段酒に酔うことは滅多にないが、今宵は少し酔いが回ったのか、目元が熱い。
「酒はもう終いにする。
……朱里、膝を貸せ」
そう言うと、朱里の返事も聞かずに、その柔らかな膝の上にゴロリと頭を預ける。
「ふふっ、酔われたのですか?
珍しいこともあるものですね」
酒のせいで若干気怠い身体を持て余し、そっと目を閉じると、朱里のひんやりとした小さな手が額の上に乗せられた。
「ああ…冷たくて心地良いな」
「…信長様がお酔いになるなど…珍しいですね。
何かご心配事でも?
先程も随分と長く考え込んでおられたご様子でしたが…」
「ふっ、貴様が案じるようなことは何もない」
実際には、昼間の家老達とのやり取りを思い出していて無意識に何杯もの盃を干していたようだったが、そんな事は朱里には口が裂けても言えない。
しばらく互いに無言で時が流れる。
僅かに開けた障子の隙間から入ってくる風が、火照った身体に心地良く、ゆっくりと息を吐く。
俺の髪を撫でていた朱里の手が不意に止まる。
「…あのっ、信長様、明日も御家老様方との謁見をなさる、と聞きました。
……その場に、私も同席させて頂けませぬか?」
「…藪から棒に…何を言うのだ?
同席などして、どうする?」