第118章 青い花の秘密
その夜、天主にて
文机の上に置かれた青い硝子の花は行燈の柔らかな灯りを受けて、まるで内側から命を宿したように淡く輝いていた。花びらの一枚一枚は深い群青から透き通る水色へと溶け合い、その縁には金色の光が細く縫い取られている。硝子を透過した灯りは、卓上に青い影をゆらりと落とし、風もない室内で水面のような光紋を静かに広げていた。
「綺麗…」
思わず感嘆の声が溢れるほど、その花は美しかった。
昼間の剣呑さが嘘のように穏やかな時間が流れ、硝子の花の精巧な美しさに只々うっとりと見惚れてしまう。
「余程気に入ったようだな」
湯浴みから戻った信長は、硝子細工の花にうっとりと心を奪われている様子の朱里に声を掛ける。
「信長様…」
「そうして眺めている分には、美しい細工物にしか見えぬのだがな」
「そうですね。この美しい花にあのような思いも寄らぬ秘密があるなんて…いまだに信じられません」
花びらにそっと触れると、指先に硝子の冷たさが伝わる。
「本当に、このようなものが七つも存在するのでしょうか?」
昼間聞いた話はどこか夢物語のようだった。あの後、光秀は襲撃の詳細を調べるために堺へ向かい、宗伯もまた情報を集めるため博多へと戻ることになったのだった。
「これを見よ」
信長は広げた海図の上を指差す。それは昼間も見た、一見すると模様のようにも見える南蛮文字だった。
「意味が分かった」
「えっ…本当ですか!?」
朱里は思わず身を乗り出す。信長はニヤリと口の端を上げて悪戯っぽい笑みを見せつつ頷くと、指先で海図に描かれた南蛮文字をなぞりながら言う。
『七つの蒼き花が三日月に集う時、星は天への道を示す』
「これは古い南蛮文字だった。宣教師や学者、それに古い文献を扱う者でなければ解読できない文字だ。そのままでは俺も読めなかった」
「では、どうやって分かったのですか?」
「南蛮寺のフロイスに訳させた」
フロイスは南蛮寺の宣教師であり、信長は彼らに日ノ本での布教を許し、手厚く庇護していた。
「七つの蒼き花…やはり硝子の花は七つ…?天への道とは…」
「まだ分からぬ」
分からぬと言いながらも信長はどこか楽しげだった。未知のものへの好奇心が人一倍強い男は、不安など微塵も感じていないようだった。