第118章 青い花の秘密
腰を抱く腕にぐっと力が籠り、吐息を間近に感じる距離に胸が高鳴る。
信長は朱里の髪をひと房掬い上げ、艶やかな美しい黒髪に小さく口付けを落とした。あまりにも自然な仕草に胸がきゅっと締め付けられる。
「朱里」
呼ばれただけなのに、身体の奥に甘く響く。
肩越しに振り返ると、すぐ近くに信長の顔があった。
深紅の瞳が月明かりを映して揺れている。
「この先に何が待っていようと――」
信長の指先が慈しむようにそっと頬を撫でる。
「貴様は俺の傍を離れるな」
言葉は命令の形をしているのに、その声にはどこか優しい熱が滲んでいた。
朱里は胸の奥が温かくなるのを感じながら、小さく頷く。
「はい。何があろうと、ずっとお傍におります」
その答えを聞いた信長は満足そうに微笑むと、そっと額を重ねた。
二人の視線が混ざり合い、互いの吐息が重なって、静かな夜の空気が一層甘く溶けていく。
「良い返事だ」
低く囁く声が胸に染み渡る。
次の瞬間、信長は朱里の唇へ自身の唇をそっと重ねた。
軽く触れるだけの柔らかな感触は儚く一瞬で、それなのにその温もりだけはいつまでも残る。
「信長様……」
胸がひどく切なくなって思わず名を呼ぶと、信長は緋色の瞳を細めた。その口元がゆったりと弧を描く。
「そんな顔をするな」
「えっ…?」
「もっとしたくなる」
「っ……」
耳まで熱くなるのが自分でも分かった。
冗談なのか本気なのか分からない、信長のその一言で心の臓は落ち着きを失ってドキドキと早鐘を打つ。
視線を逸らそうとしても、信長の指先がそっと顎を持ち上げる。
「逃げるな」
「……逃げてなんて、おりません」
精一杯言い返すと、信長は喉の奥で小さく笑った。何もかも見透かしているかのような余裕の笑みだった。
「ならば、こちらを見ろ」
少し強引に顎先を押さえられて至近距離で見つめられる。熱を帯びた深紅の瞳に映っているのが、ただ一人自分だけであることに喜びが込み上げる。
「信長様…」
小さく名を呼ぶ声は、甘く深く重なる口付けに吸い込まれていく。
胸の奥に溜まった澱のような不安な気持ちを掻き消すように、ただ愛しい人との甘い口付けに溺れる。
障子の向こうでは、三日月が静かに夜空に浮かんでいた。