第118章 青い花の秘密
広間に静寂が落ちた、その時だった。
「──申し上げます!」
広間の障子が勢いよく開かれ、一人の家臣が血相を変えて駆け込んでくる。荒い息を整える間もなく、畳へ額を擦りつけるようにして平伏する。
「御館様に急ぎご報告がございます!」
ただならぬ様子の家臣の姿に緊張が走るが、信長は眉一つ動かさずに静かに告げた。
「申せ」
「はっ…今朝早く博多から堺へ着いた商船が何者かに襲撃を受けた模様」
その言葉に、広間の空気がピシリと凍りつく。突然のことに、宗伯は青ざめて言葉を失う。
「襲撃だと?」
信長が、鋭く問い返す。
「はっ、船員達も多数死傷し、僅かに生き残った者の話では……敵は積荷を片っ端から開け放ち、何か特定の物を探しているようだった…と」
家臣は震える声で続けた。その視線は信長の傍らに置かれたままの硝子細工へと向けられ、驚いたように大きく見開かれていた。
「『青い硝子の花を探せ』…彼らはそう叫びながら船内を探し回っていたそうです」
朱里の心臓が大きく跳ねた。思わず硝子の花を見つめる。
この花の存在を知っていて、今まさに探している者がいるという事実に背筋が震える。
「博多と堺を結ぶ航路を襲っていた賊の真の狙いがこれで明らかになりましたな」
光秀が口元だけで薄く笑う。信長の深紅の瞳がゆっくりと細められる。
「賊は南蛮人か?」
「それが……」
家臣は困惑したような表情で首を振った。
「誰一人、素顔を見ておりませぬ。皆、黒っぽい装束に身を包み、顔も隠していたそうです」
宗伯が苦渋に満ちた表情で息を呑む。
「やはりこの硝子の花が狙われていたとは…も、申し訳ございませぬ!このような厄介な物を献上するなど…な、何とお詫び申し上げればよいか…」
宗伯は深々と頭を垂れ、肩を震わせた。
「顔を上げよ」
静かな一声が広間に響く。
信長は宗伯を見据え、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「貴様が詫びる必要はない。狙われるほどに価値のある物を献上した。それだけのことだ」
「織田様…」
信長の手の内で陽光を受けた青い花びらが、まるで水面のように揺らめく。その神秘的な美しさとは裏腹に、この小さな硝子細工が幾人もの命を奪う原因となったことを思い知らされる。
「光秀」
「はっ」
「堺を襲った者どもの足取りを追え。南蛮人であろうと容赦はせぬ」
「御意」
