第118章 青い花の秘密
忍び笑いとともに、宗伯の肩が小さく震える。
「くくっ…いやはや、これは失礼」
「何が可笑しい」
信長が低く問うと、宗伯は口元を押さえながら首を振った。
「いえ。天下人である織田様が、そのように真っ直ぐに女子をお褒めになるとは思わなかったもので」
「俺は真のことしか言わん」
信長は涼しい顔で言い放つ。朱里はその横顔を見つめながら、胸が擽ったくなった。
信長は当たり前のように朱里を幸運を運ぶ女だと言う。愛しい人にそんな風に言われて嬉しくないはずがない。けれど、人前で堂々と言われると、どうしても恥ずかしくなってしまう。
「これは恐れ入り申した。幸運を呼ぶ花が、幸運そのもののお方の手に渡るとは、なかなかに縁起が良い」
「信長様、宗伯殿も…それ以上は…」
朱里は恥ずかしさから俯いてしまう。
その手の中で、陽光を受けた青い硝子の花がきらきらと輝く。
透明な青の中に閉じ込められた光が揺らめく。それはまるで深い夜空を切り取ったかのような色だった。
その幻想的な美しさに魅入られたように、朱里は青い硝子の花をそっと抱き締めた。
「これは…奥方様を困らせてしまったようですな。しかし実に良うお似合いです。まさに花が持ち主を選んだということですな」
「宗伯、戯言はそのぐらいにしておけ」
信長の口調が俄かに冷ややかな色を帯びる。
「はっ…」
すると宗伯が改まった様子で信長へ向き直る。
「織田様。本日は献上品だけでなく、もう一つ大切なお話がございまして」
先程までの和やかな空気が少しだけ引き締まる。
宗伯の柔和な笑みの奥に、鋭い光が宿っている。商人の目だった。
宗伯の言葉に、信長の瞳がすっと細められた。
「申してみよ」
「はっ。実は近頃、博多と堺を結ぶ海路にて不穏な動きがございます」
広間の空気がぴりっと張り詰めたものに変わる。朱里は無意識に手の中の青い花を握り締めていた。
それはまだ誰も知らない、新たな騒動の始まりだった。