第25章 罠
その時、頭の上の天井の方で『カタッ』っという微かな音が聞こえた。
ハッとして頭上を見上げると………
「……姫様。…朱里様ですね?」
天井板がずらされて、隙間から忍び装束の男の人の姿が見えた。
「っ、だっ、誰?」
「しっ、お静かに。見張りの者に気付かれます。
ご安心下さい、私は家康様の影の者で半蔵と申します。
姫様、今少しご辛抱下さい。必ずお助け致しますので、早まった真似はなさいますな」
私が握り締めた懐剣の方へ視線をやりながら、半蔵は諭すように言う。
「ありがとう、半蔵殿。
あのっ、家康に伝えてほしいのです。
兄は、信長様のお命を狙って何か仕掛けようとしています。
京におられる信長様に、その事を一刻も早くお伝えしなくてはっ」
「……承知しました。必ず我が主にお伝え致します」
その時、廊下を歩く大きな足音が近づいて来るのが聞こえた。
ハッとして上を見ると既に天井板は元の通り閉じていて、人の気配は感じられなかった。
ほっと息を吐いた瞬間、襖が乱暴に開かれて、兄が部屋に入ってくる。
「っ、兄上っ」
思わず立ち上がって、距離を取るように後ずさる。
「何のご用ですかっ?」
「くくくっ、怒った顔も唆られるのぅ。
……こちらへ来いっ」
乱暴に腕を引かれて、引き寄せられる。
体勢を崩したところを力づくで床に押し倒されて、上から勝ち誇ったように見下ろされる。
そのまま顔が近付いてきて、強引に唇を合わせられた。
固く閉じた私の唇を無理矢理にこじ開けて、ねっとりとした舌が入ってきて口内を犯す。
「ん、うぅ…っく」
(っ、いや…気持ち悪いっ。信長様…)
目に涙が滲み出し、抵抗する気力を奪われそうになる中で、愛しい人の顔が思い浮かぶ。
力を振り絞って兄の身体を押し返し、その唇に『ガリッ』っと噛み付いた。
「っつ、何をするっ」
怒った兄が私の頬を引っ叩く。
兄の口の端からは微かに血が滲んでおり、その表情は怒りを宿している。
「っ、やめて下さい、兄上っ!
私は……信長様のものです。
兄上の思い通りになどなりませぬ!」
「くっ、生意気なっ。
信長のもの、だと?
奴はお前の身体を弄んでいるだけではないかっ。
……お前は信長の此度の上洛の目的を知っているのか?
奴は関白様の姫を正室に迎えるのだ、帝のお声がかりでな」