第4章 不信
その夜天主にて〜
静かな天主に、パチリパチリと碁石を打つ音が響いている。
黒い碁石がパチンと置かれたその時、
「あぁ、う〜ん、負けました」
「今宵はなかなか良い打ち筋だったがな」
「信長様はお強いですね。昼間三成くんといっぱい練習したから、今日は勝てるかと思ったんですけど」
「三成か、練習相手としては良い選択だな。…さて、今宵の勝利の褒美を貰おうか」
信長様は碁盤をグイっと横によけて、私との距離を詰める。
「えっ、あっ、あの…」
「今宵は貴様から口づけよ」
甘く低い声を耳に直接注がれて、それだけで身体の奥が熱を上げる。ドキドキと騒ぐ心臓の音が聞こえてしまわないかと不安になる。
目を閉じて信長様の唇にそっと唇を重ねる。チュッチュッと啄むように軽い口づけを繰り返す。
少し開いた唇に遠慮がちに舌を差し入れる。信長様がいつもしてくださるように舌と舌を絡めたり、吸ったりしてみる。
「ふっ、愛らしいが、足りんな。もっと寄越せ」
そう言うやいなや、強く頭を固定され、深く深く貪られる。
息が出来ず、身体の力が抜けていく。信長様の首に腕を回して縋りつき、昂った気持ちのままに愛を告げる。
「ふぁ、っん…あっ、はぁ 信長さま…ぁ。好き…大好き で す」
「……………」
(好きって言って下さらないの?)
(私はこんなにも好きなのに…信長様は…?)
身体に与えられる熱情とは反対に、心は不安に駆られて急速に冷たくなっていくようだった。
激しく交わった後、今宵も意識を手放して穏やかな寝息を立てる朱里の髪を梳きながら、信長の表情は冴えなかった。
(今宵は心此処にあらず、といった様子だったな)
(何か思い悩むことでもあるのか)
(問い詰めても素直に答えぬであろうし、な)
「ふっ、この俺が女の心の内を思案するとは…朱里、俺を悩ますとは貴様は大した女だな」