第115章 紀州動乱
ヒューッ…
鋭い風切り音とともに光秀の頭上に焙烙火矢が迫る。
ザシュッ!
光秀が愛刀を閃かせ、真っ二つに斬り落とすと、焙烙火矢は粉々になり、炎を噴くことなくバラバラと地に落ちた。
「怯むな。先へ進め。主上をお探しするのだ」
敵味方入り乱れての激しい戦闘が行われる中、光秀は御所の奥へと進む。普段は大勢いる女官達もどこかに捕われているのか、姿は見えない。
この戦、元就を討つとともに、速やかに帝の御身を確保することも重要であった。
(既に退位の詔が出されていれば厄介なことになる。早まった真似をなさっていなければよいが…)
下剋上が横行する乱世であっても、朝廷は武家よりも上位であるという秩序だけは守られてきた。
帝を頂点とする千年以上続くこの国の在り方を根本的に変えようとする者はいなかったからだ。
革新的で常識に囚われない信長でさえ、表面的には帝を敬う姿勢を見せた。
だが、帝が退位させられ、御所が焼け落ちたとあってはこの国の秩序は崩れ去るだろう。
信長の支配力は絶大だが、情け容赦のない非情な仕置きを心良く思わない者もおり、朝廷という存在がなくなれば信長の一極支配に異を唱える者も出て来るに違いない。
たとえお飾りであっても帝がその地位にあることには重き意味があるのだ。
パンッ!
光秀が更に奥へと進もうとしたその時、行く手を阻むかのように足元で銃弾が破裂する。
「止まれ。これ以上先には進ませねぇぞ」
低く響く声とともに、立ち込める煙の向こうから一人の男が姿を現した。
手にした短筒の銃口は、迷いなくこちらへ向けられている。
「……これはこれは」
薄く笑みを浮かべ、光秀は歩みを止めた。
金色の瞳が、煙の奥に立つ男の姿を静かに見据える。
「畏れ多くも御所の奥で鉄砲を撃ち放つとは、随分と無粋な出迎えだな」
男は鼻で笑う。
「無粋で結構。御所だろうが何だろうが、どのみちもう不要になるんだ。燃えちまえば手間が掛からなくていい」
男の言い様を聞いた瞬間、光秀の目が僅かに細められた。
「元就、…主上はどこだ?」
「さて…主上とは、どなたのことかな?」
薄笑いを浮かべた男…元就は光秀に向けていた短筒の引き金に指をかける。
再び銃声が廊下を震わせる。
だがその瞬間、光秀の姿はそこにはなかった。
銃弾は回廊の白木の柱を深く抉り、木片が弾き飛ぶ。
