第115章 紀州動乱
「チッ!」
忌々しげに舌打ちした元就を横から鋭い刃が襲う。
光秀は素早く間合いを詰めると、短筒を構える元就の手首を目掛けて刀を振った。
ーキンッ!
金属のぶつかり合う鋭い音
元就は咄嗟に短筒を捨て、懐から抜いた脇差で光秀の一撃を受け止めていた。
「はっ、油断も隙もねぇな」
口元を歪めながら、元就は低く笑った。
その深紅の瞳には、戦いを愉しむ獣のような獰猛な光が宿っている。
「生憎と戦場で敵に隙を見せるほど愚かではないのでな」
光秀は涼しい顔で言い返し、刃を滑らせるようにして脇差を弾いた。
体勢を崩した元就の懐へ、間髪入れず一歩踏み込む。
だがー
「甘いな」
元就の袖口から、細い刃が音もなく滑り出た。
ヒュッ、と風を裂く音。
光秀が即座に身を反らすと、苦無が頬を掠めて背後の柱に突き刺さった。
「苦無とは…謀神は物騒な物をお持ちだ」
頬の血を指で拭いながら、光秀はくすりと笑った。
「戦ってやつはなぁ、どんな手を使っても勝てばいいんだよ」
元就はにやりと笑ってそう言うと、床を蹴った。
次の瞬間、影のような速さで距離を詰める。その手には抜刀した刀が握られていた。
光秀もまた刀を構え直し、相対する。
刃と刃が激しく打ち合うたびに、カン、カンッ、という乾いた金属音が静まり返った御所の廻廊に鋭く跳ね返る。
元就の刃はまるで生き物のようにしなやかに軌道を変え、次々と光秀の急所を狙ってくる。
光秀は僅かに口元を歪めながらも、その太刀は寸分の狂いもなく元就の刃を弾き返す。
互いに一進一退の撃ち合いが続く中、元就は楽しげに目を細めた。
「余裕そうだな、明智光秀」
刃を絡めたまま、グイッと力を込める。
ギリギリッと刃が擦れ、火花が散った。
「だが…この勝負、俺の勝ちだ」
元就の声が低く落ちる。
「この詔が世に出れば―この国は終いだ」
ギリッ、と刃同士が更に軋む。
元就の懐から、帝の退位を告げる詔の巻物がちらりと覗いた。
「帝が退けば、信長の大義も消える」
元就の唇が勝利を確信したかのように、余裕ありげにゆっくりと弧を描く。
「その瞬間、天下は白紙に戻る」
元就は刃を押し込みながら、愉しげに囁く。
「白紙の天下には新しい筋書きが必要だろう?」
光秀の金色の瞳が僅かに細められた。