第115章 紀州動乱
朝靄が晴れきった昼下がり、比叡の山並みを背にして幾千の槍先が陽光を反射して鋭く光る。
毛利家の旗印である一文字三星の軍旗が風にたなびいて波のように揺れている。
時折、地鳴りのような鬨の声が上がっているのは御所の奥に座す主上に対しての畏れ多くも威嚇であろうか。
光秀は、薄く笑みを浮かべて敵軍の様子を見渡す。
「くくっ…随分と賑やかなことだな」
内裏をびっしりと包囲する毛利軍を目にしても光秀の瞳は少しも揺れない。金色に近いその眼は包囲の綻びを正確に見抜いていた。
「右手の隊は寄せ集めだ。士気も低い。あちらから崩す」
感情を露わにせず低く告げるだけの穏やかな声だが、命令を受けた兵達の表情にぐっと力が入る。
光秀は馬上ですらりと太刀を抜く。
陽光を受けた刃が、ギラリと冷たく光る。
「さあ、化かし合いといこうか」
隊を分け、多数を右手の方へ進ませるとともに光秀自身は少数の兵を率いて、あえて敵の防御が厚い正面へと進む。
敵は、すわ好機とばかりに前へと押し出して来る。
だが次の瞬間、
「今だ」
路地に伏せておいた味方の鉄砲隊が現れ、敵の側面を突く。
鉛玉を雨あられのように撃ち込まれて、敵陣は一気に混乱に陥る。
鉄砲の甲高い破裂音と断末魔の叫び声が混じり合い、その場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「さ、下がれ、下がれっー!」
光秀はその隙を見逃さなかった。
散り散りに逃げ惑う敵兵の間を駆け抜けて一気に敵将の懐へ踏み込んだ。敵将の顔が驚きに歪む。
「戦とは力比べではない。頭を使え」
囁くように言い、相手を斬り伏せる。
流れるようなその動きは優雅で美しく、どこか余裕すらも感じさせるが、その太刀筋は正確無比で情けも容赦もなかった。
派手に血飛沫を上げて敵将が地に伏すのを見届けることもせず、光秀は馬を先へと進める。
やがて包囲の一角が崩れると、壊れた水瓶から水が漏れ出るかの如く敵がわらわらと逃げ始める。
「逃げる者は捨ておけ。元就を討つのが先だ」
敵兵のいなくなった内裏の門前に立ち、光秀は表情を引き締める。
守る者がいなくなった門は固く閉ざされている。
門の内側にはさらなる毛利兵が待ち構えていることだろう。
(ここからが本番だ。一気に片を付ける)