第115章 紀州動乱
「秀吉さんっ!」
秀吉が苦渋に満ちた表情で唇を噛み締めたその時だった。
目覚めない信長に付き添っていた家康が天幕の中から慌てた様子で飛び出してきた。
「っ…家康?どうし…」
「秀吉さんっ、早く来て下さい!信長様が…」
家康は秀吉の言葉を遮るようにして言う。その声には焦りの色が滲み出ており、表情も険しいものだった。
家康の様子にただならぬ気配を感じ、秀吉は急いで天幕の方へと向かう。
「御館様っ…っ!?」
不安と期待が入り混じる複雑な気持ちのまま天幕の中へと入った秀吉は思わず絶句する。
奥に設えられた寝台に横になっているはずの信長は…寝台の上で半身を起こしていた。
緩慢な動きで秀吉の方へと視線を向けた信長だが、血の気が失せたその表情からは感情が読み取れない。
「…………」
「御館様っ…あぁっ…お目覚めに…っ、よかった…あぁ…」
言葉を発しない信長に構わず、転がるようにして寝台の横へと駆け寄った秀吉は、人目も憚らず信長の傍に跪いた。
「っ…よかった…本当に…あぁっ…」
「………」
「………御館様?」
秀吉は感極まって涙目になりながらも、一切言葉を発しない信長を案ずるように窺う。
信長の深紅の眸が秀吉の方を見るが、この男には珍しく困惑したように視線が揺れ動いていた。
「御館様?あの…」
「秀吉さん、ちょっと…」
家康が遠慮がちに秀吉に声を掛ける。家康もまた困惑したような顔をしている。秀吉に信長の傍を離れて角に移動するよう目で促す。
「おい、何だよ、家康?」
「すみません、秀吉さん。信長様ですが、今し方意識が戻ったばかりなので…どうもまだ記憶が混濁してるみたいです」
「記憶が…?どういうことだ?」
「数日意識を失ってたわけですから…この戦のことや自分が撃たれたこと、今の状況について所々記憶が曖昧になっているようです。まぁ、全く覚えてないわけじゃないので今のところ大きく支障はなさそうですけど」
「そうか…けど、それなら今少しこの場で休んでいただく方がいいな。すぐにでも陣を払いたかったんだが」
「……秀吉」
「はっ!」
名を呼ばれて反射的に振り向くと、信長は寝台を降りて立ち上がっていた。