第115章 紀州動乱

「命は等しく重く、そして尊い。失われたものは二度と戻らんが、これから選ぶ道次第で失わずに済むものもある。貴様を必要とする者がいる限り、生き恥を晒してでも貴様にはやるべきことがあるはずだ。俺の選ぶ道が真に正しいか否か、貴様がその目で見届けるがよい」

「くっ…」

恨みの念は簡単に捨てられるものではない。
人は過去を背負い、未来を夢見て現実を生きている。
今の自分が進む道が正しいかどうかなど後になってみないと分からない。
人は皆、天から与えられた命を全うし、命ある限り精一杯生きていかねばならないのだ。




「御館様、前線の敵が撤退を始めています。追撃しますか？」

降伏した顕如を大坂へ移送する手筈を整えているうちに次々ともたらされる戦況は戦の終焉を伝えるものだった。

「深追いは無用だ。既に勝敗は決した」

毛利軍は既に戦場から離脱し始めており、あれほど激しかった雑賀衆の鉄砲も鳴りを潜めている。
焼け野原となった戦場に靡いているのは、多くが織田軍の軍旗だった。

「政宗と家康の隊にも伝令を送れ。負傷者の救護が終わり次第、撤収する」

「はっ！」

駆け出していく伝令達を見送ってから、信長は本陣の天幕の方へと歩き始める。
本陣に詰める兵達はいまだ戦場の緊張感は保ちながらも、勝利の知らせに湧き立っていた。

「さすがは御館様だ。身の程知らずの毛利など、御館様の足元にも及ばんな」

「ははっ…この日ノ本で御館様に敵う者などおるまいて。謀神などと言われておっても元就など口ほどにもないわ！」

「これで織田の天下は安泰じゃな」

軽口を叩き合う足軽達を咎める者もなく、皆が勝利に酔い痴れていたが、信長を称賛する声が彼方此方から聞こえてきても信長自身の表情は硬いままだった。


戦は終わった。
顕如は捕らえたものの、首謀者である元就や孫一を討つことはできなかった。だが、彼らが再び兵を挙げるのは容易ではないだろう。敵方に多くの損害を与えた織田軍の勝利と言ってよかった。

(だが…これで終わりではない。敵の真の狙いは…)