第115章 紀州動乱
二人の刃が交わるたびに、激しい剣撃の音が響き渡る。
緊迫した空気が漂う中、互いに一歩も譲らぬ激しい撃ち合いが続く。
顕如の錫杖の重い一撃を刀身で受け止めた信長は素早く刀を返して懐深くに切り込む。
信長の刀が顕如の胴の辺りを一閃する。一瞬の隙を突いた鋭い攻撃は肉を斬る確かな手答えがあった。
「くっ…」
低く抑えたような呻きとともに、顕如は斬られた腹の辺りを押さえながらその場にガクリと膝を付いた。
鈍色に光る切先を頸筋に突き付けられながらも、顕如はいまだ闘志を失わぬ鋭い目つきで信長を睨み付ける。
押さえた手の間からは、じわりと血が滲み出していた。
「終わりだな」
苦しげな息を吐く顕如に対して信長は感情の一切を感じさせない目で見下ろしながら冷酷に告げる。
刀の柄を握る手にぐっと力を籠め、切先を僅かに引いたその時…
「させないよ!」
ひゅっ…という鎌鼬のような風切音とともに信長の手元に何かが飛来する。
反射的に刀で弾き返すのと同時に、目の前に黒い影が割って入る。
「顕如様っ」
「っ…蘭丸か…」
手傷を負った顕如を背に庇いながら、信長の前に立ち塞がったのは忍装束を身に纏った蘭丸だった。
「蘭丸、そこを退け」
「顕如様をこれ以上傷付けさせないっ…」
背に庇った顕如の様子を気遣う素振りを見せながら、蘭丸はクナイの刃先を信長に向けて構える。
「大人しく降れば命までは取らん」
「くっ…この期に及んで貴様から情けを受けるなど…生き恥を晒すぐらいなら、潔くここで散る方がマシだ!」
顕如は手負いの身でありながらも蘭丸の肩をぐっと押しやり、信長の前にその身を晒す。
「ダメです、顕如様っ…生きて…貴方は生きて…皆のために…っ、俺のためにも…生きて下さいっ…貴方がこの世にいることが皆の希望なんです。だからどうか生きて…これからも皆を導いて下さいっ…」
「蘭丸…お前は…」
「もう一度、昔みたいに皆で一緒に…お願いです、顕如様っ…」
「私は皆に苦難の道を歩ませてきた。多くの者を死なせたのだ。同胞の無念を晴らさず、穏やかに生きるなど…」
「顕如様が決められたことなら、我らに異存はありませぬ!」
「顕如様っ、我らはどこまでも共に…」
「お前たち…」
大勢の門徒達がいつの間にか武器を捨てて顕如と蘭丸の周りに集まっていた。
