第115章 紀州動乱
「来たぞ、独眼竜だ!」
「通すな!討ち取れ!」
「退け、道を開けろ」
先陣を切って敵を次々と蹴散らしていく政宗の背を見遣り、慶次が馬上で軽快に口笛を吹く。
「こりゃ、うかうかしてると手柄を独り占めされちまうな」
「そう思うんなら、指を咥えて後ろで見物してれば?」
「お先に失礼いたしますね、慶次殿」
慶次の横を、家康と三成が馬を駆って颯爽と追い抜いていく。
織田軍の名だたる武将達が先頭に立ち、次々と敵を蹴散らしていく様子に、味方の士気は一気に上がり、苦戦を強いられるかと思われた戦は初手からこちらの優勢で進んでいた。
「ははっ!なんだかんだで血の気の多い奴ばっかだな、織田軍は!けど…」
「この男、前田慶次だ!」
「首級を取れ!討ち取って名を挙げろ!」
大将首を挙げようという血気盛んな敵兵に取り囲まれた慶次は、余裕の笑みを浮かべて楽しそうに辺りを見回した。
「祭りは見てるだけじゃつまらねぇ。どうせやるならド派手に踊ってみせましょう…ってなっ!」
「うわっ…!?」
風を切って唸りを上げる慶次の長槍が、飛び掛かる敵兵を勢いよくなぎ倒していく。
其処彼処(そこかしこ)で敵味方が入り乱れ、辺り一帯は激しい怒号と刀や槍が打ち合わさる耳障りな金属音が溢れかえり、騒然となっていた。
その様子を、後方で指揮を執る信長は目を細めて静かに見据えていた。本陣へひっきりなしにもたらされる伝令は初手から味方の優勢を伝えるものばかりであったが、信長は僅かばかりも表情を和らげることはなかった。
「……………」
「信長様、敵が後方へ下がりつつあります。今が勝負時かと…前線に増援を送り、一気呵成に攻め立てましょう!」
「否」
「……?」
「深追いは無用だ。こちらも一旦退く」
「はっ!」
主人の言葉に理由を問うこともせず即座に応じると、秀吉は伝令を飛ばす。
落日が戦場を血の色に染め上げていた。
(これほどに手応えがないとは…)
敵軍の大半が金で集められた寄せ集めの兵であるとはいえ、あまりにも呆気なく崩れ過ぎている。
顕如が率いる一向衆の姿は見えなかったが、謀神と称される元就や戦闘能力に長けた雑賀衆が相手にしては些か拍子抜けするほどに手応えがなかった。